2018年6月21日木曜日

待機者 3 - 7

 レインは局長と一緒に本部を出た。局長執務室を先に出たのは彼だったが、エレベーターを待っていると局長が追いついて来た。秘書を先に帰したので局長自ら施錠して来た。

「食事の後は寝るだけか?」
「少し運動をしようかなと思っています。明日は朝から動きたくなくなるでしょうから。」

 すると抗原注射接種も効力切れの気怠さも経験がない局長が肩をすくめた。

「それだけは経験したいと思った事がないな。」

 レインは思わず笑ってしまった。

 この人も若い頃はきっと外に出てみたかった筈だ。100年近く我慢して・・・いや、殆どのドーマーは外に出ずに一生を終える。だからこの人も我慢出来たんだな・・・。

 エレベーターを降りて受付で終業確認をすると外に出た。
出たところで、あろうことか2人のコロニー人女性と出会した。出資者様だ。レインの勘では、彼女達はハイネを待ち構えていたのだ。
案の定、彼女達は2人のドーマーを見て顔をほころばせた。

「ローガン・ハイネ局長とチーフ・レインですね?」

 局長とレインは、女性嫌いではない。愛想よく「こんばんは」と挨拶した。女性達は満面の笑みで彼等に近づいて来た。紫に染めた髪の女が名刺を出した。くれるのかと思ったら、サインをせがまれた。ペンを持っていないので断ろうとしたら、緑の髪の女が貸してくれた。どちらも派手な色に髪を染めているが、年を食っていると思えた。富豪だから美容にはお金を注ぎ込んでいる筈だ。実際はかなりの年寄りなのだろう、とレインは思った。ハイネも97歳だが進化型1級遺伝子待機型と言う物を母親から遺伝しているので若々しく見える。しかし、目の前でサインをせがむ2人の女性は普通の人だ。化粧を取ればレインの祖母ぐらいの年齢だろう。

「私達は芸能人ではありませんので・・・」

とハイネが断りを入れようとした。女性達が媚びるような目で彼を見つめた。

「お願い・・・」

 レインは名刺とペンを持たされたまま、戸惑った。書いてしまうと局長が気まずい思いをするのではないか、と心配したのだ。すると、局長が女性の押しに負けたふりをした。

「わかりました、遠くからお越しいただいた大事なお客様です。私達のサイン程度でご満足いただけるのでしたら・・・」

 目配せされて、レインはスラスラと名前を書いた。そのカードを女性に返すと、緑の髪の女性からも名刺を渡された。紫の婦人はハイネに名刺を渡している。名前を書きながらハイネが彼女達にお願いをした。

「このことは貴女のご自宅にお帰りになる迄内緒にして下さい。このドーム内で披露されると後で収拾がつかなくなりますから。」
「勿論ですわ。」
「お宝ですもの、紛失すると大変です。」

 名刺を大事そうにバッグにしまった彼女達は次の要求をして来た。

「この後はお時間あります?」
「よろしければ、私達のお部屋でお話しません?」

 レインが考える暇もなく、ハイネが素早く答えた。

「お誘い頂くのは光栄の至りですが、私は今日の昼迄入院していました。体調が万全ではありませんし、まだ仕事が残っています。チーフ・レインも少し前に外から戻ったばかりで、これから食事を兼ねて任務終了報告を聞く予定になっています。彼も疲れていますから、早めに解放してやりたいと思います。どうか今回はご勘弁下さい。」

 局長はこう言うシチュエーションに慣れているのだ。
 出資者様は素直にこの返答を理解してくれた。そして素手で握手することですっかり満足してレインと局長を解放してくれたのだった。