2018年6月6日水曜日

待機者 1 - 6

 ハイネ局長は普通試合を申し込まれても受けない。他の部署と試合を行わないのは遺伝子管理局の慣例で、規則ではない。それに彼はずっと1人で練習して来たので、衆人環視の中で行うのは、実は慣れていなかった。さらに彼にもドーマーのリーダーと言うプライドがある。コロニー人に万が一にも負ける事態になれば面子が立たない。
 だが、その日のハイネは、確かに「おかしかった」。大勢が利用する時間帯に運動に来て、ギャラリーが集まるのも気にせずに演武を行った。そしてゴメス少佐のお誘いに、即答で「いいですよ」と言ったのだ。
 ギャラリーが増えた。ジムからプールから球技場から、ドーマーもコロニー人も彼等2人の試合を見ようと集まって来たのだ。
 ポール・レイン・ドーマーはワグナー夫妻とリング際に座る場所を確保して、その時を待った。
 レフリーを引き受けた闘技場の職員が声を掛けると、選手両者はリングの中央で向き合った。ギャラリーが応援の声を掛ける間も無く、彼等はいきなりぶつかり合い、組み合った。どちらが先かわからない。柔道なのか空手なのかレスリングなのかわからない。全くのフリーで2人の男は闘いを始めた。子供の喧嘩の様にも見えて、しかし狙ってはいけない箇所はちゃんと外している。頭部は打たない、股間も狙わない。どちらもプロテクターを着けていないので、危険なことはしない。ちゃんと計算して攻撃を繰り返しているのだ。

「互角ですね!」

 ワグナーが感心して呟いた。どうかな、とレインも呟き返した。

「局長は小一時間演武した直後だぞ。」
「無理なさらなければ良いけど・・・」

とキャリーは医師らしく心配した。ゴメス少佐は片膝が悪いと言ってもまだ若い。それに実戦経験に長けている。方やハイネ局長は若く見えても97歳、それも限りなく98歳に近い時期だ。そして彼には実戦経験がない。シミュレーション装置で戦闘訓練を受けただけだ。格闘技に関して言えば、最後に試合をしたのは数十年前だ。
 ゴメス少佐が試合を申し込んだのは、ハイネが若く余裕がありそうに見えたからだ。実際の年齢を知ってはいるが、実のところ少佐は待機型の遺伝子保有者やメトセラ型改良遺伝子保有者に出会ったことがなかったので、ハイネの若さが信じられないでいた。本当は執政官達が言うほど歳を取っていないのではないか、と彼は思ったのだ。
 7分が経過した。素速く激しい動きを繰り返していたので、両者は汗をかき始めていた。無駄な動きはしていないのだが、互いに有効な攻撃を仕掛けては躱されたり、反撃されて勝負がつかない。
 
「局長って、あんなに積極的に攻撃する人だったんですね!」

 ワグナーが再び感想を呟いた時、レインの真後ろで声がした。

「いいや、彼は今欲求不満が溜まって解消させようと躍起になっているんだ。正常じゃない。」