2018年6月23日土曜日

待機者 3 - 10

 レインと別れたハイネは図書館に行った。そこではケンウッド長官とヤマザキ医療区長がロビーでソフトドリンクを飲みながら彼を待っていた。局長がそばに来て挨拶すると、彼等は場所取りをしておいた4人用ブースに入った。図書館は書物を閲覧するだけでなく、映像を見たり音楽を聴いたりする。だから防音設備の整ったブースがたくさんあったし、利用する人数によって広さも様々だった。
 密談するにもってこいの場所だが、一応ヴィデオの借り出しをしておいたと言って、ヤマザキがスクリーンのスイッチを入れた。あろうことか、それはドームの外、巷では普通にレンタルされているポルノヴィデオだった。しかも出演者は全員男性と言う安っぽいものだ。女優はギャラが高いし、身元もバレるので、この手の安い仕事は絶対にやらない。親族がさせない。女優が出てくるのは、もっと高価な映像だった。
 ケンウッドもハイネも異性愛者なので、ブーイングだったが、ヤマザキは見るために借りたのではないので、と平気な顔をしていた。音声を消して、彼は友人達に向き直った。

「カリブ海の暴風雨のお陰で視察団が急遽帰って来た。本当なら、明日の夕刻に戻って来て、さよならの挨拶だけで済む筈だったが、そうは行かなくなった。さて、どうする?
宇宙へ帰る迄、連中を好きにさせるか、それとも何かイベントに参加させるか?」
「好きにさせたら、何処で何をするかわかったもんじゃない。」

とケンウッドはぼやいた。ドーム事業の進行に邪魔が入って欲しくないし、ドーマー達にちょっかいを出して欲しくない。それはハイネも同じだった。一日でも早く女性の誕生を研究成果として遂げてもらいたいのに、おもてなしやコロニー人と地球人の諍いで時間を取って欲しくなかった。

「それじゃ、長官がイベントを考えなきゃね。おもてなしはゴーン副長官が苦労して計画を立ててくれたのに、低気圧のヤツがおじゃんにしてくれたのだから。」
「私がイベントを企画するのか?」
「長官だから、当たり前だろう?」

 ケンウッドが振り返ったので、ハイネはブンブンと首を振った。

「私に振らないで下さい。」
「君が毎日忙しいことはわかっている。だが、せめてアイデアだけでも・・・」
「私はそんなおもてなしの経験などありません。」

 ヤマザキがポンっと手を打った。

「そうだ! クロエルちゃんに任せてみようか? 確か中米班は暴風雨を警戒して視察団のすぐ後で帰って来た・・・そうだったよな、ハイネ?」

 ハイネが悩ましげな表情になった。

「クロエルがおもてなしを担当したらドーム内がお祭りになります。」
「時間を制限するんだ、大丈夫だよ。」

 ケンウッドも熱い視線を送って来るので、仕方なくハイネは端末を出した。彼がクロエル・ドーマーの番号に掛けていると、ケンウッドが大事な用件をもう一つ思い出した。

「そうだ、ハイネ、サヤカが地球に帰って来た。ただ暴風雨で大西洋を越えるのは危険だとシャトル運行会社の判断で、全員カイロの宇宙港で降ろされたそうだ。」

 ハイネは一瞬注意が疎かになった。彼の腕がスクリーンの机上リモコンに当たり、音声が復活した。それと同時にクロエル・ドーマーが電話口に出た。

「クロエルです。」

 若い中米班チーフは局長から掛かってきた筈の電話で、男性の悶える声を聞かされる羽目になった。