2018年6月25日月曜日

待機者 4 - 3

 ポール・レイン・ドーマーは日課の早朝ジョギングに出かけた。抗原注射の効力切れで体が重たく、昨夜の事件もまだ頭の中に居座って気分が悪かったが、運動をサボるのは気持ちが悪いことだった。ビル・フォーリーの訪問を受けたので出かけるのが遅くなった。それに効力切れの日は速く走れない。いつもの半分の距離を走ってアパートに戻り、シャワーを浴びて着替えてから食堂へ出かけた。打ち合わせを兼ねた朝食会だ。出席は義務ではないと言っても、チーフとリーダーは出るべきだと考えられており、レインはどんなに体調が悪くても部下達と朝食を摂るのが習慣になっていた。
 その朝は普段より食堂が混んでいた。暴風雨が北上しつつあるので、外にいたドーマー達が戻って来ているのだ。維持班も遺伝子管理局も昨夜遅くから今朝にかけて続々とドームの中に帰還していた。いないのは暴風雨の影響を直接受けない南米班だけだ。レインの北米南部班は全員揃っていた。妻と朝食を摂る筈のクラウス・フォン・ワグナー・ドーマーさえテーブルに着いていたので、レインは危うく席がなくなるところだった。おはよう、と声を掛け合って、レインは椅子に座った。

「チーム全員が揃うのは珍しいんじゃないか?」
「そうですね! 暴風雨のお陰ですよ。」

 外へ出る予定だったチームも今日は外の嵐が過ぎ去る迄待機だ。北米北部班は任務地が北なので仕事に関係ないと思われたが航空機が飛ばせないので、やはり待機だ。中米班が慌ただしく食事を摂っていたので、レインの部下の誰かが声を掛けてみた。

「君達は出動するのか?」
「ご冗談を。」

 中米班の局員が笑った。

「今日はこれからバンド演奏するんすよ。」
「演奏?」

 会話を聞いた人々が振り返った。

「演奏って?」
「視察団のお耳を慰めにね。」
「旅行が中断されちゃったんで、退屈させないようにアイデアを出せって長官からクロエル・ドーマーに協力依頼があったんす。そんじゃ、ちょいと楽器でも鳴らそうかってことになって。練習する暇もないのに・・・」
「練習って、君等は毎週末にバーで演奏してるじゃんか。」
「バーでやる曲と広場で鳴らす曲は違うっす。」

 口では文句を言っているが、中米班の連中は楽しそうだ。さっさと食べ物を胃に入れて食堂を出て行った。
 北米南部班は半数が朝からぐったりしていた。効力切れもあるが、昨夜の事件が彼等の気分を下げていた。チーフがコロニー人にキスをされた。それも衆人環視の中で。当人は言うまでもなく、チーム全員にとっても屈辱だった。
 ワグナーがそっとレインに尋ねた。

「局長に報告しますか?」
「否。」

とレインはぶっきらぼうに答えた。

「今朝、内務捜査班が事情聴取に来た。」
「フォーリー・ドーマーが?」
「ああ・・・俺は訴えるつもりはないと言った。俺が浅はかだった、それだけだ。」
「しかし・・・」

 パトリック・タン・ドーマーが顔を怒りで赤くした。

「向こうは明らかに嫌がらせを楽しんでいましたよ!」
「わかっている。」

 レインは自分が怒れば事態がもっと悪化するとわかっていたので、努めて平静を装った。

「挑発に乗った俺が悪い、そうフォーリー・ドーマーに言った。それで内務捜査班は事件性なしと結論を出した。だから、君達はこれ以上昨夜の件を蒸し返すな。コロニー人は地球人が怪我をしない限り、動いてくれない。相手は出資者様だからな。」
「たかが軍人じゃないですか。」
「たかが軍人、されど軍人だ。地球の軍備は連中が管理している。機嫌を損ねると大陸間の移動を制限されるぞ。そうなると執政官の研究にも支障が出る。」

 そしてレインはテーブルを囲む者達だけに聞こえる声で呟いた。

「あの男はまた来る。その時に何が起きるか、誰にもわからん。」