2018年6月12日火曜日

待機者 2 - 5

 午後も早い時刻に内勤の業務を片付けたポール・レイン・ドーマーは医療区に出かけた。抗原注射の予約がちゃんと通っているか確認して、薬剤摂取の間隔を開けろと言った看護師を睨みつけ、入院病棟の局長に面会した。外へ出る予定の報告だ。
 ハイネ局長は身につけている物がスーツではなく寝巻きだと言う以外は平素と変わらず、病室に設置されたコンピュータで日課業務に励んでいた。病人ではないので血色は良いし、指の動きも速い。昨日何人生まれて何人亡くなったのかレインは知らなかったが、局長が忙しいと言うことは、南北大陸アメリカの住人がかなり入れ替わったと言う事実に他ならない。
 いつものことなので、レインは執務机の前に立って、行き先と同行チーム、目的等を報告した。局長は手を休めなかったが、しっかり聞いている。レインが口を閉じると、画面に目を向けたまま尋ねた。

「例の完璧なクローンを造るメーカーと接触出来る確率はどのくらいだ?」
「親玉と出会える確率はかなり低いですが、手下には80パーセントの確率で接触出来ます。今回は連中にベーリングの住所を教えてやります。」

 中西部の砂漠地帯に小さな街がある。遺伝子管理局中西部支局が置かれている地方都市で、あの界隈では「大都市」の範疇に入る。中西部のメーカー達はその街へ買い物に出てくる。レインはそこで中小のメーカーの研究施設を次々と摘発した。彼等の悪評を噂で流し、噂の出所を別のメーカーであるように仕込み、喧嘩させる手段を用いた。製造するクローンにクレームが付けば、メーカーは忽ち客を減らしてしまう。悪口を言われたと思い込んだメーカーは、仕組まれた罠とも知らず、噂を流したと言われるライバル研究所を襲撃する。襲われた方は当然反撃する。レインのチームはそうやって自らの手を汚さずにメーカー達を倒してきた。情け容赦ないそのやり口に、メーカー達はレインを「氷の刃」と呼んだ。
 倒したメーカーから同業者の研究施設の場所を聞き出し、またそこを襲う計画を立てる。レインはこの一年その手法を用いることに夢中になっていた。逮捕したメーカーに、金髪のドーマーの行方を訊く。脱走した能天気な恋人ダリル・セイヤーズの情報を少しでも得ようとしているのだった。しかし手がかりは少なかった。世の中には金髪の男など掃いて捨てるほどいたから。
 ハイネ局長は数ページの書類を手早く片付け、ファイルを閉じた。初めてレインの顔に目を向けた。

「君が使っている衛星データ分析官だが・・・」
「はい?」
「あの男も連れて行ってやれ。」
「外で分析は出来ませんよ。」
「衛星画像は見られるだろう。彼もプロなら、モバイルで分析する能力はある筈だ。」
「そうですが・・・」

 レインは気が重くなった。衛星データ分析官アレクサンドル・キエフ・ドーマーは仲間と喧嘩になることが多い。あまり他人の意見に耳を貸さない人間だった。ドームの中でも鬱陶しいのに、航空機の中やホテルで口論して欲しくなかった。

「外に出れば、彼も気が晴れて、余計な騒動を起こさないのではないか?」

 局長はキエフがドームに閉じこもって仕事をしているのでイライラが溜まっていると考えているらしい。レインは心の中で溜め息をついた。
 接触テレパスの彼は、既にキエフの心を読んでいた。