2018年6月11日月曜日

待機者 2 - 4

 業務打ち合わせが全て終了した。昼の休憩時間に20分も食い込んでしまったが、幹部は自分たちで時間調整出来るので誰も気にしない。ケンウッドは普段局長を誘う調子でキンスキー・ドーマーに昼食を一緒にどうだねと声をかけた。キンスキーはちょっと考えた。

「私は早食いで、長官に不愉快な思いをさせるかも知れません。」
「どうして私が不愉快になるんだ? 試してしまわないとわからんだろう?」

 そしてゴーン副長官にも声を掛けた。彼女とは普段一緒に食事することはないのだが、キンスキーを誘ったので、「ついで」だった。おや? と言う表情をして副長官は誘いを承諾した。
 食堂は遺伝子管理局に近い一般食堂にした。ゴーンもそちらの方が好みなのだ。銘々好きな料理を取って一つのテーブルに着いたが、キンスキー・ドーマーは予告通り早食いで執政官2人がまだ半分も食べないうちに完食してしまった。そして、お先に失礼します、と挨拶すると、さっさと食堂を出て行ってしまった。
 ケンウッドはぽかんとしてその後ろ姿を見送った。あんなに飲む様に食べたら胃に悪いだろうに、と心配してしまった。ふと副長官の存在を思い出し、振り返ると、彼女がクスクス笑って見ていた。

「すごい食べっぷりでしたね。」
「胃に悪いんじゃないかと心配してしまいました。」
「彼はいつもあんな風なのだそうですよ。クロエルがそう言っていました。」
「クロエルは幹部連中の食事会に参加するのですね?」
「ええ・・・あの子は局長を父親の様に慕っていますから、幹部になって近くで仕事が出来ると喜んでいました。」
「しかし、幹部は多忙でしょう。」
「それでも、局長執務室で直接報告出来るのが、あの子の喜びなのです。」

 平の局員は報告書を提出するだけで、局長から直接問い合わせが来ることは滅多にない。局員が局長執務室に連絡を入れる場合、相手をするのは2人の秘書だった。それ故に幹部に昇進したことは、クロエル・ドーマーに取っては至福の喜びだった。

「分室からの転入生の僕ちゃんが、チーフになれるなんて、何かの冗談かと思いましたよ。」

 彼はハイネ局長本人に直接そう告げて、ネピア・ドーマーに睨まれたのだ。
 その話をゴーンから聞かされて、ケンウッドはもう少しで声を出して笑いそうになった。まるでラップみたいな軽快なリズムで喋るクロエル・ドーマーは、チーフ会議でも同じ口調で発表するので、ネピアがいつも不機嫌になるのだと言う。
 ネピア・ドーマーには、クロエルの心理など理解できていないのだろう。母親に産まれることを拒まれた子供が、分室で子犬か猫みたいにペット扱いされた少年が、チーフになって堂々と仲間を統率出来ることが、どんなに嬉しかったか。

「ところで・・・」

 ラナ・ゴーンはさらりと言った。

「アイダ・サヤカが打ち合わせ会の直前に通信を寄越して来ました。」

 ケンウッドはハッとして彼女を見た。

「なんて言って来た?」
「これから10時間が限度だろうと・・・全て終わったら遺産相続の問題があるので、もう少しだけ帰還を待ってほしい、と・・・」
「相続問題の話し合いの前に、葬儀があるだろう。」

 ケンウッドはアイダ・サヤカの頭の中は天国に召されようとしている母親でなく、地球のことしかないのだ、と気が付いた。母親は病気のせいもあるが、老齢で自然にこの世を去ろうとしている。だからアイダはもう母親が旅立った後のことしか考えられないのだ。
 ケンウッドは親が亡くなった時の彼自身の心境も同じだった、とぼんやり思った。