2018年6月30日土曜日

待機者 5 - 3

 ローガン・ハイネ遺伝子管理局長は食堂へ直接行かなかった。彼は本部に戻ると大会議室に入った。そこには暴風雨のお陰で滅多に顔を合わせることがない局員達が集まって、ざわざわお喋りしていた。局長第1秘書のネピア・ドーマーが静かにと声を張り上げても聞こえないのか、静かにならない。ネピアはチーフ達を呼び集め、局員達を黙らせろと言いつけた。丁度そこへハイネが入って来た。
 途端に局員達は口を閉じて静かになった。チーフ達は互いの顔を見合わせ、内心笑いたいのを我慢し合った。ネピア・ドーマーも経験豊かな年長の先輩だが、局長は放つオーラが違い過ぎる。
 ハイネは大会議室が最初から静まり返っていたかの様に、何も言わずに壇上に向かった。集まっているのは外勤務の局員だけなく、内勤者も全員集合していた。いないのは内務捜査班だけだ。遺伝子管理局の人間ではないが任務は密接に関わっている航空班も数人代表が来ていた。
 ハイネは壇上に立つと、「ヤァ」と声をかけた。

「どうやら全員無事に風に吹き飛ばされもせずに戻って来た様だな。」

 彼は南米班のホアン・ドルスコ・ドーマーに視線を向けた。

「カリブ海の南は嵐の影響が出ていたか?」
「ベネズエラの海岸で高潮の被害が出ました。幸い死傷者の情報はありません。」

 ハイネは軽く首を振った。そして議場内を見回した。

「暴風雨の後はいつものことだが、死傷者や行方不明者が出る。遺伝子照合の問い合わせも増える。今回の暴風雨は過去20年間で最大の勢力だそうだ。被害は甚大な物になるだろう。現役局員だけでは手が足りなくなると予想される。内勤者で業務内容を調整できる者は経験地域のチームに協力をしてやって欲しい。」

 北米北部班は目下のところ暴風雨の影響はないと思われたので、チーフのクリスチャン・ドーソン・ドーマーは提案した。

「うちの班員から希望者がいれば南部班に貸し出します。」

 レインは有り難かったが、北部班が見た目より暇でないことは知っていた。彼も若い頃一時的に北部班にいたことがあるのだ。

「北部班の申し出は有難いですが、先ずは内勤のお力をお借りしたいと思います。」

 外勤務の局員が引退して内勤になっていることが多いので、地理的知識は豊富だ。暴風雨の被害がどの地域に出易いか、彼等はよく知っている。

「被害はメキシコ湾沿岸に多いと思われます。カナダ国境付近で被害があれば北部班のお手伝いをお受けしますが、今回の暴風雨はフロリダやルイジアナの地理を知っている人の協力が必要になるかと・・・」
「僕ちゃんはドルスコ・ドーマーんとこの協力を要請します。」

と言ったのは中米班チーフ、クロエル・ドーマーだった。彼の担当地域は暴風雨の発生源でもあり、最も大きな被害が出ているのだった。それに島が多い。地球に女性が生まれなくなってから人口は激減したが、それでも有人島はかなりの数だ。
 ホアン・ドルスコは頷いてクロエルに了承したと伝えた。
 ハイネはアレクサンドル・キエフ・ドーマーに視線を向けた。

「衛星データ分析官。」

とハイネに呼ばれて、レインの坊主頭を後ろからぼーっと見つめていたキエフは驚いた。

「はい?!」
「君は衛星画像から、嵐の前と後に大きな違いが出ていると判断したら、即刻チーフに伝えなさい。」
「は・・・はい!」

 キエフの声が裏返ったので、日頃彼と喧嘩している局員達はクスッと笑った。