2021年3月16日火曜日

星空の下で     8

 局長第1秘書アルジャーノン・キンスキーと数分ばかり話をして、セイヤーズがケンウッド達のテーブルに戻って来た。やはりキンスキーはまだ局長の怪我の話を聞かされていなかった、と彼は報告した。

「でも、局長が直ぐに手当を受けてアパートに戻られたと知ると、彼は安心していました。多分、明日は知らん顔して局長が言い出すまで黙っているんじゃないですか。」

 キンスキーはあまり他人のプライバシーに首を突っ込まない。無関心ではないが、自分が関わっても相手の状況に影響がないと判断すると、相手が言い出すまで黙っているのだ。捉えようによっては、冷たいヤツと映るかも知れないが、それがキンスキーなのだ。しかし、そっと目立たないように援助の手を差し伸べる。ハイネは彼のそんな縁の下の力持ちの性格が気に入っている。
 ケンウッドも頷いて、セイヤーズの予想に同意した。ハイネは多分自分の失敗で負った怪我に関して、周囲に騒いで欲しくないだろうし、気が付いて欲しくない筈だ。それにしても・・・

「来月のサンダーハウス行きに彼を連れて行ってやろうと思っていたのだが、無理かなぁ。」

と彼が呟くと、セイヤーズが「え?」と目を輝かせた。

「局長をサンダーハウスまで遠出させるおつもりだったんですか?」
「彼にはまだ言っていない。私の頭の中の計画の段階だがね。」

 ケンウッドがわざと溜息をつくと、ゴールドスミスが提案した。

「局長よりヤマザキ博士を口説いた方が良いですよ。医者がOKを出したら、局長も出かける気になるでしょう。」
「そうだろうか? ドームの外に出るだけでも一大決心をした男だぞ。」

 ケンウッドは続けて言った。

「彼はまだ自転車にも乗ったことがないんだ。」
「まぁ・・・ドームの中にいれば必要ありませんからね。」
「ヘリコプターに乗った途端に気絶なんて、彼の方ならあり得ません。」
「気絶していてくれた方が、私は安心出来るがね。あの男は計器を見たら触ってみたくなるだろうし。」

 ケンウッドの冗談にセイヤーズとゴールドスミスは笑った。セイヤーズは昔パイロット免許を持っていなかったにも関わらず、初めて搭乗したヘリコプターを乗り逃げしたことがあるのだ。ドームに反感を持つ敵に誘拐された後輩を一刻も早く救出しようと気が逸った結果だ。セイヤーズは進化型1級遺伝子危険値S1と呼ばれる厄介な遺伝子を持って生まれた。先祖の記憶をそのまま生まれながらに持っているのだ。但し、この「記憶」は機械や科学に関することで、人文学的な事象は何も記憶していない。それ故、彼は初めて見る機械を取説なしで構造を理解し、分解も組み立ても出来るし、操作もやってしまえる。たった一人で宇宙の全スーパーコンピューターを乗っ取ることが出来るのだ。だから危険値S1と呼ばれ、ドームの外に子孫をばら撒かないよう、行動を管理されている。閉じ込められるのは気の毒なことだが、もし宇宙軍の知ることとなれば、危険値S1保有者は軍が管理すると言う宇宙連邦法によって、彼はコロニー世界に連行されてしまうのだ。それ故、南北アメリカ大陸ドームの幹部執政官達、地球人類復活委員会執行部幹部達、彼等はセイヤーズの能力に関して口を閉ざし、彼を守っている。
 ローガン・ハイネも進化型1級遺伝子を持っているが、こちらは全くタイプが違う。歳を取るのが遅い遺伝子だ。だから108歳のハイネの外観は50代前半、体調が良ければ30代後半に見える。そして、この男はずば抜けて頭が良い。応用力が半端なく優れていて、学習すれば直ぐに記憶するし、覚えたことを発展させて考えることが出来る。さらに(これがケンウッドの悩みどころなのだが)好奇心が強くて新しいものを見ると直ぐ触りたがるし、覚えてしまう。セイヤーズとは違った意味で危険な男だ。彼の危険値はS5。ドームの外に子孫を残してはいけないランクだが、軍の管理にはならない。だがケンウッドは、セイヤーズよりハイネの方が危険だと思う。セイヤーズは能天気だが、ハイネは相手の裏をかくのが得意なのだ。