2021年3月11日木曜日

ブラコフの報告     11

  ドーマーの社会復帰計画の第1歩として保養所設置が行われたのは、地球人保護法改正のすぐ後だった。ローガン・ハイネとジョアン・ターナーの2人のドーマーのリーダーが考えに考えて、選考した維持班のドーマーと、外に出て暮らしている元ドーマー達が昔の学校跡を改築して宿泊施設とリハビリ施設を備えたアスレチック会場を造った。このプロジェクトにはコロニー人も加わったし、一般の地球人も参加させた。ドーマーだけでは、周囲の住人とトラブルが生じた時に対処するのが面倒だからね。それにアスレチック会場を入場料を取って一般に解放して維持費の足しにすることも必要だった。
 保養所とは名ばかりで、外へ労働に出されるだけじゃないか、と愚痴るドーマーもいたことは確かだ。だから、このプロジェクト参加は強制ではなく、選択制だった。やはり30代から下の若い連中の参加が多かった。歳をとると、みんな大気が怖かったんだ。ハイネが外に出る訓練を始めたのは、そんな尻込みする連中を励ます目的もあった。
 ハイネが抱えている問題は、単に抗体がないだけではない。彼の肺はγ黴によるダメージを受けたことで空気中の異物を普通の人ほど上手く防げないことだ。例えばちょっとした焚き火、枯れ草とか燃やして生じる煙を吸い込んだら、僕らは咳き込むけど、煙のない位置に移動して暫くすれば咳は治って後は全く問題ない。だけどハイネはその煙の粒子が肺の細胞に与えるダメージを修復出来ない。生命に別状がないと言っても、本人は普通の人の数倍の時間咳に苦しめられる。ドームの中の清浄な空気の中でジョギング出来ても、ドームの外の自然の空気の中で散歩することは苦行になるんだ。
 そんな呼吸器に問題を抱えるハイネがマスクを着けて外に出る。それだけで外の世界に尻込みしていた若いドーマー達は勇気付けられて、冒険に出ようという気分になるんだ。

 ドーマーの社会復帰訓練は保養所だけじゃない。様々な施設に「派遣」とか「研修」と言う形でケンウッド先生はドーマーを外に勉強に出した。執政官の中には、ドーマーがそのまま外の世界に住み着いて帰って来なくなったら、ドーム内の労働力が弱体化するのではないかと心配する人もいた。新しいドーマーの採用人数を年ごとに減らして行っているからね。だから、維持班では、減ったドーマーの数だけ、外から民間人を雇用している。全く驚くだろ!
 遺伝子管理局や出産管理区の新生児室、クローン製造部はまだ民間人を受け容れられない。でも輸送や妊産婦の世話をする係は外の人も働かせることが可能だ。ジョアン・ターナー維持班総代は毎日新規採用の基準や配置を考えるのにエネルギーを費やしているそうだ。
多分、大好きな木工をやる時間を取れていないんじゃないかな。ケンウッド先生が彼に「行ってみたい場所はあるかね?」と聞いた時、彼は「木造の船を作っている現場を見学したい」と言ったそうだ。先生が「休暇を取って行っておいで」と言ったんだけど、彼はまだ当分長期休暇を取れそうにないね。

「黄昏の家」の住人には外の世界はもう異界だろうね。エイブ・ワッツは若い頃からドームの外で作業していたから平気だけど、他の老人達は外に出たことがないし、もう抗原注射も出来ない。彼等は社会復帰プロジェクトも無関心だけど、たまにワッツがハイネの誘いで散歩(勿論、ヤマザキ先生かケンウッド先生が付き添うんだけどね)に出かけると、帰ってきたときに質問攻めにするそうだよ。ハイネもワッツも空港ビル内かドーム周辺の花畑しか歩かないんだけど、老人達は植物や人の動きを知りたがるんだって。ただ、民間人が散歩している彼等を見て、ワッツがハイネやケンウッド先生の「父親」だと勘違いした、と言う話は大受けで、ドーム中にあっという間に拡散しちゃった。ワッツはハイネより10歳年下だよ。(笑

 保安課はドームの守備が仕事で、保養所の警備システムのメンテなどは担当するけど、基本的に外のドーマーの警護はしない。地球社会に慣れていない執政官が外出する時の護衛をするだけだ。それでもやっぱり外の法律や習慣は知っていないといけないから、ゴメス少佐は勉強会を開いて、若い連中と一緒に法律家先生の下で学んでいる。あの人も大した人間だ。彼ほどの優秀な軍人は、プライドも高いから新しいことを受け入れるのに抵抗を感じることもあるだろうに、ロアルド・ゴメスは寧ろ積極的に最新の思想や習慣を学ぶんだ。それを自分のものにすると言う訳じゃなく、それにどう対処するかを学ぶんだよ。染まってしまうのは駄目だし、反発もいけない。外の世界は「敵」ではないからね。でも従属することはもっといけない。
 外の世界へ警護に出かける保安課員は楽しそうだ。油断するなよ、と一番の先輩のアキ・サルバトーレが指導役で彼等が外に出る前に必ずレクチャーする。サルバトーレはジェリー・パーカーの監視役としての役目が終了して(だって、パーカーにはメイ・カーティスって言う監視役が新たに付いたからね。妻ほど強力な監視役はいないだろう? 笑)今は主にケンウッド先生とヤマザキ先生の護衛をしている。ケンウッド先生はすぐ一人で出かけてしまうので、心配したゴメス少佐とハイネ局長が相談してサルバトーレを付けたんだけど、サルバトーレはかなり先生に振り回されているようだ。その点、ヤマザキ先生はお行儀が良くて、護衛もやりやすいようだ。但し、目的地が医療関係の場所に限られちゃうけどね。別にヤマザキ先生は堅物じゃない。この先生は火星に帰省すると遊びまくっているから(笑

 第2世代アメリカ合衆国の大統領は代替わりした。ハロルド・フラネリーは8年大統領職を務め上げて、今は元大統領として女性の社会活動を支援する団体を運営している。この団体には他の元大統領達も何かしらの形で関わっている。取り替え子の秘密を共有する人々が運営する団体って訳だ。女性がクローンだって事実が少しずつ社会に周知されていくと、やはり男性による横暴な振る舞いが出てくるんだ。それを防止する教育や対策を練る団体だ。クローンはお金を出してメーカーから買うものと思っている連中を、教育しないとね。
 それから取り替え子の男の子達を可能な限り幸福な人生に送り出す為に孤児院の整備も重要だ。ただの赤ちゃん斡旋所になってはいけない。
 たまに、女の子を得た家族が、本当の息子を探しに来ることもあるそうだ。だけど遺伝子管理局は安易に情報を渡せない。女の子の養育が将来どうなるのか、はっきりさせないといけない。もっとも実の子を探しに来ると言うことは女の子を望んでいないかも知れないと危惧する担当局員もいる。局員達は、外勤も内勤も合同で何度も話し合い、本当に親に情報を渡して良いか検討する。難しい問題だね。
 今の所、女の子を要らないと言った家族はいないそうだけど。