2021年3月31日水曜日

星空の下で     25

  次の日の執政官会議には、初めてドーマーの研究助手達も招集された。中央研究所で研究室を離れることが可能な者全員が集まると、流石に大会議室も手狭に感じられた。研究者ではないが、維持班総代表のジョアン・ターナーも呼ばれて、ハイネ局長の隣に座った。

「何の話です?」

 ターナーが小声で尋ねた。ハイネは首を振った。

「私も知らない。」

 ケンウッドが壇上に上がった。私語を囁いていた人々が口を閉じ、会議室内が静かになった。長官は簡単に挨拶した。

「忙しいところを時間を割いてくれて有り難う。手短に説明するから、もしわからないことがあれば後で質問して下さい。」

 そして彼は、ドーマー達が学位や博士号などの諸々の高位学識保有者の資格を取る話を始めた。最初にコロニーの大学から学位を取り、それから地球の教育機関から資格を得ると言う話に、執政官もドーマーもちょっと驚いた様だ。いや、かなり驚いた筈だ。今までどんなに優秀でもドーマーには技術者以外に何の資格も学位も与えられなかったのだから。

「コロニーの大学に関する情報をドーマーが持っていないことを承知しています。だから、どの大学を選ぶかは、同じ研究に携わっている執政官と相談して下さい。執政官の皆さんは、彼等の将来を考え、適した学部を選び、論文提出の手伝いをして欲しいのです。手続きに必要な知識を彼等に分けてあげて下さい。これは、ドーマーが外の世界に戻っていく準備です。コロニーの技術で研究をしているドーマー達に地球の教育機関の研究技術がすぐに馴染むと思えない。ですから、まず学位を取って、外の研究に参加出来る資格を取るのです。
 外の研究機関は、ドームが持つ宇宙の科学技術を歓迎する筈です。ドーマーも執政官も出向と言う形で外へ腕試しに出かけてみませんか。執政官の諸君も地球の研究室での経験で新しい論文を書けるでしょう。
 論文を書くのに時間を取られることもあると思います。焦らないで下さい。どの世界の研究者も時間をかけているのです。君達は例外ではない。みんな同じです。」

 ケンウッドは言いたいことを一気に喋り、そして少し休むために口を閉じた。議場内の人々は執政官とドーマーと別れて座っていた。執政官は普段の会議の自分の場所に座っているだけだったし、ドーマー達は初めての出席なので空いている場所に腰を下ろしただけなのだ。意図して別れた訳ではない。だから、今、彼等は互いの研究室にいる同僚を目で探し、それぞれの反応を伺おうとしていた。ケンウッドは一言付け加えた。

「少し休ませてもらいます。その間に、質問なさりたい人は考えをまとめて下さい。」

 彼が壇上から退くと、執政官とドーマー、どちらからともなく同僚の座っている場所に移動するシーンが見られた。自分の席に座ったケンウッドに、一人だけ前もって今回の議題を聞かされていたゴーン副長官が囁きかけた。

「ドーマーが研究室からいなくなると心配する執政官もいるのではないかしら?」
「いるかも知れないね。でもそれは彼等の問題だ。私達が上からとやかく言うことじゃない。」
「確かに・・・研究者同士の揉め事はコロニーでも地球でもあることですね。ドームも例外ではありませんわ。」
「必ずしも揉めるとは限らないさ。」

 議場の末席に座っているハイネ局長とターナー維持班総代表は暫くは無言で場内の風景を眺めていた。やがてハイネが口を開いた。

「博士号を得たドーマーが外の研究施設に出て行くと、戻って来ない可能性がある。研究はすぐに終わるものでないからな。」
「そうですね。」

 ターナーが真面目な顔で返した。

「案外、一番外に出る可能性が低いと考えられていた研究所のドーマーが、一番早く元ドーマーの集団になるかも知れません。」
「全員が出て行く訳ではないから、心配は無用だと思うが。」
「当然ですよ。外の世界がそんなに人材不足だと思えません。」

 ケンウッドは2人のドーマーのリーダーが笑うのを見て、何が可笑しいのだろうと思った。

「長官!」

 不意にアナトリー・ギル博士が声をかけた。喋っていた人々が声をひそめた。ケンウッドが「何かね?」と返したからだ。ギルが立ち上がったので、ケンウッドは壇上に戻った。場内が静かになった。ギルが質問した。

「ドーマーに学位を与える考えは以前から研究所内にありました。何故、今になって急に具体案を出されたのです? 月の本部が指示してきたのですか?」
「いや、これは私の独断だ。だから、君達が反対意見を出してくれても構わないのだよ。」

 ケンウッドは場内を見回した。特に彼に対して敵意を持った視線は感じなかった。ケンウッドは素直に今回の考えを持つに至った経緯を説明した。

「実は、中西部のある地域で・・・はっきり言えば、サンダーハウス実験場のある州で、今インフルエンザが流行していると情報をもらった。サンダーハウスの研究者から、ドーマーや地球の疾病に免疫のないコロニー人を寄越さないようにと忠告があったのだ。それで、私は短絡的に、ドームでインフルエンザのワクチンを開発すれば問題ないと思ってしまったのだが、ハイネ局長から微生物をドーム内に持ち込むのかと批判された。」

 ハイネが自分の名前を出されたので、眉を上げてケンウッドを見た。ケンウッドは目で「許せ」と謝って、言葉を続けた。

「ドーム内でワクチン開発が出来ないのであれば、外の施設にこちらの研究者を送り込んで、ドームの技術でワクチン開発を早めてもらおうと、思ったんだ。ところが、それにはこちらの研究者に外の研究施設で働く資格が必要だと気が付いた。」
「つまり・・・ワクチン開発は、僕等やドーマーが外に出かけるために行いたかったと?」
「そう言うことです。私的な希望ですみません。」

 ケンウッドの軽い謝罪に、場内に笑い声が起こった。

「インフルエンザで私達やドーマーがすぐに倒れるとは思えませんが・・・」

と別の執政官が座ったままで意見を述べた。

「ワクチン開発は地球に貢献出来ますね。」
「ワクチン開発だけでなく、いろんな研究の視野を広げる機会になります。」
「ドーマーが私の研究室からいなくなると困るのですが・・・」
「それは君が助手に頼りきっているからだろう。」
「ああ・・・事実を言われた・・・」

ドッと笑い声。ケンウッドも笑ってしまった。

「これは私の提案とお願いであって、指示ではないし、皆さんがこれに従わなければならないと言う義務もありません。学位取得の希望がなければ、現状のままドームで研究を続けても構わないのです。また学位を取ってここに残っても良いのです。
 私がお願いしたいのは、繰り返しになりますが、ドーマーの助手が学位取得を希望すれば執政官は相談に乗って上げて欲しいと言うことです。外へ出るか出ないか、それは取得後の話です。」

 ギルは既に着席していた。別の執政官が立ち上がって尋ねた。

「助手が学位を取得して博士になったら、彼に今の研究室を渡して、私が外の研究機関に行っても良いのでしょうか?」

 ケンウッドは少し驚いた。ドーム以外の地球で働くことを希望する者もいるのだ。

「私は構わないと思いますが、地球人類復活委員会との雇用契約がありますから、その件に関しては、各個人が執行部と相談されると良いと思います。退職されて外部の研究機関へ行かれるか、期間限定の留学的なものか、それは個人の自由です。」
「有り難うございます。助手や執行部と相談してみます。」
「どこか働きたい研究室を見つけられたのですね?」
「まだ私一人が気に入ったと言う段階ですから、詰めなければならない項目が多々ありますが。」

 するとドーマーのグループから彼女の助手らしい人が声を上げた。

「先生、僕を捨てないで下さいよ。」

 ドッと笑い声が起きて、執政官も笑った。

「私の方が貴方に捨てられないか、心配なんです!」

 ケンウッドは場内を見回し、それ以上反対意見も質問も出ないことを確認した。そしてハイネ局長とターナー総代を見た。両名共に意見はなさそうだった。

「それでは皆さん、時間を取らせてすみませんでした。研究に戻って下さい。」