2021年3月21日日曜日

星空の下で     12

 「支局からの情報漏洩ですか・・・」

 南北アメリカ大陸ドーム遺伝子管理副局長ネピアは顎に手を当てて考え込む様子を見せた。
局長執務室での幹部打ち合わせ会の席だ。副局長と言うポジションが出来てから、この打ち合わせ会が始まった。局長が昼前に開かれる長官執務室での定例打ち合わせ会に毎日出かけるのと違って、遺伝子管理局の幹部打ち合わせ会は月曜日の朝と決まっている。出席するのは局長、副局長、それぞれの秘書3名の5人だ。

「どうも解せませんな。」

とネピアが呟いた。

「中央アジアの支局がどれほどの数なのか知りませんが、そんな重要な情報を漏洩させたら、すぐにどこから出たのか判明しそうなものです。他の支局のデータは支局長でなければ見られないのですから、職員が扱えるレベルではありません。支局長達を調べれば情報漏洩の元などすぐ判明するのではありませんか?」

 すると、若い頃1年間だけ西ユーラシア・ドーム遺伝子管理局に勤務していたダリル・セイヤーズが発言した。

「私は一度だけ中央アジアに出張したことがあるのですが、あちらはひどく大らかなんです。」
「どう言う意味だね?」

 ネピアとセイヤーズはあまり仲が良くない。どちらかと言えばネピアが一方的にセイヤーズに対して壁を築いているのだが。セイヤーズにさっさと要点を言えとせっつくつもりで声をかけた。
 セイヤーズも先輩のそんな態度に慣れているので、続けた。

「民族性と言いますか、中央アジアの人々は仕事の成果を上げることにあまり急がないんです。それに、空間的にも支局同士の距離がかなり遠く、交通手段もアメリカやヨーロッパほど発展していません。オンラインでの調査では限界があります。もしデータをオンラインで売り渡せば、本部から調べて誰が情報を売り渡したかわかるでしょうけど、もし情報チップや原始的に紙を用いた媒体で売り渡していたら、本部ではわかりません。現地へ赴いて物的証拠を集めることが必要です。航空機や地上車で支局を巡って調査すると時間がかかるのです。」
「中央アジアがどんな手段で調査しているのか、それを我々がアメリカで論じても埒があきません。」

と言ったのは、局長第1秘書のアルジャーノン・キンスキーだった。彼は普段会議で多く発言する方ではない。しかし口を開くとしっかりと論点を突く。

「南北アメリカ大陸で、同様の企業、バイヤーからの接触がなかったか、それを調査するべきです。支局巡りをしている各班チーフに調査させても良いですが、彼等は普段でも多忙です。内勤か内務捜査班に調査させましょう。」

 ああ・・・と一同が納得した。ネピアなどは内務捜査班と聞いて、あの連中が外に出るのか、と呟いたほどだ。内務捜査班は基本的にコロニー人研究者達が本来の研究目的から外れた研究をしていないか探る組織だ。しかし、地球人に女性が誕生しなかった理由が解明され、正常な遺伝子を持つクローン女性が生み出されつつある現在、内務捜査班は警察のような仕事でドーマーも含めたドーム住人の治安維持に関わっている。捜査を内務捜査班が行い、反抗する人を拘束するのが保安課だ。
 内勤か内務捜査班を外に出して捜査させると言うキンスキーの案に、元内務捜査班の捜査官だったハイネ局長が、面白い!と言った。

「何も出なければ、アメリカ大陸は安泰と言う訳だな、諸君?」
「そうです。」

 ネピアは、内心何故自分がその考えに至らなかったのだろうと悔やみながらも、後輩であるキンスキーの提案に賛同した。

「では、私がチーフ達の日々の報告書の内容を検討して、調査を入れる順番を決めましょう。」

 彼は自身の秘書であるライリー・コードウェルを振り返った。

「手が空いた時で良いから、君も直近1ヶ月の報告書で気になった点などがあれば掘り起こしてくれないかね?」
「わかりました。」

 若いコードウェルは、外勤務局員の経験がない。頭脳は優秀だが、喘息持ちの遺伝子があるので、ドームの清潔な空気の中で働かせるよう執政官から要請されて採用時から内勤業務に就いている。しかし、最近はたまに、ハイネ局長がドームの外に散歩に出る時、ネピアの許可をもらって局長の護衛を兼ねてお供させてもらっている。この男もマスク着用を欠かせない。ネピアはこの男を気に入っているが、時々仕事の手が空くと居眠りする癖には愚痴をこぼしていた。この際だから、仕事を増やしてやろうと言う魂胆だ。
 セイヤーズは自分が外に出て調査したい派だ。しかし進化型1級遺伝子危険値S1保有者なので、滅多に外出させてもらえない。

「内務捜査班には私から話を持って行って良いでしょうか?」

 と手を挙げてみた。内勤を使うか内務捜査班を使うか、まだ決めていない。内務捜査班の若きチーフ、コリン・エストラーベンが部下を外に出すことに同意するかどうかもわからない。セイヤーズは、気難しいネピア副局長を全く恐れないエストラーベンに対してネピアが苦手意識を持っていることを薄々勘付いていた。果たして、ネピアが、「お!気が利くじゃないか」と言いたげな表情で頷いた。

「では、セイヤーズにエストラーベンと交渉してもらおう。局長、それでよろしいですか?」
「それで良い。」

 ハイネ局長は眠たそうな顔で言った。もっとも彼はいつも会議の時、こう言う表情なのだ。彼自身がノリノリにならない限りは、どこか遠くで会議が行われているのを聞いている、そんな顔をしている。だが、ちゃんと話を頭に入れているので、部下は油断出来ない。
 打ち合わせ会が終了して、部下達が会議テーブルから離れようと立ち上がった時、ハイネが口を開いた。

「今朝、朝一に言うべきだったが、うっかり忘れていたことがある。」

 何でしょう? と代表してネピアが尋ねたので、ハイネは副局長とその秘書を驚かせることを発言した。

「昨日、私は片脚の骨を折ったので、暫く運動をサボる。私が運動施設に出かけないからと言って、余計な心配はしないように。」
「こ・・・骨折なさったのですか?!」

 局長を心から敬愛するネピアが顔色を失った。何を騒ぐか、と言いたげに、ハイネは頷いた。

「少しアホなことを自分でやってしまったのだ。若い連中には知られたくないのでな、私が運動をサボっているからと言って騒がないように。何かあればすぐヤマザキ先生が来てくれる。気遣いは無用だ。」

 セイヤーズはキンスキーを見た。キンスキーがネピアに言った。

「局長は普通に歩行されています。副局長が心配なさる必要はありません。」
「2ヶ月ほど走れないだけだ。」

 ハイネは手を振って、副局長とその秘書に「退がれ」と合図を送った。