2021年3月21日日曜日

星空の下で     13

  普段通りの業務を進め、お昼前にハイネ局長は定例の打ち合わせ会に出る為に中央研究所の長官執務室に出かけて行った。歩く姿は普段と全く変わりない。違っているのは、ギプスを隠す為に少しゆったりめのズボンを着用していることだけだ。
 局長がドアの向こうに姿を消すと、キンスキーがセイヤーズに向き直った。

「長官は来月サンダーハウスにお出かけになるが、局長を同伴されるおつもりだと言う噂だ。知っているかね?」
「はい、長官の口から聞きました。」

 セイヤーズはキンスキーがどこからその情報を得たのかは尋ねなかった。昨夕、ケンウッド長官はまだ自分の頭の中だけの計画だと言った。長官が方々に言いふらすことはないから、キンスキーは恐らく長官の秘書から情報をもらったのだろう。長官の秘書2人は口が固いが、キンスキーにはあまり隠し事をしたくないようだ。局長第2秘書は中央研究所でコロニー人社会の情報を収集する仕事がある。セイヤーズも現在はそれを仕事の一つにしているのだが、最近まで第2秘書だったキンスキーが中央研究所で築いた信用は簡単に超えられない。それに悔しいことに、セイヤーズは「ちょっと口が軽い」と恋人のポール・レインから評価をもらっていたので、口が固いことで評価されているキンスキーほどコロニー人から打ち解けてもらえない。
 キンスキーはセイヤーズが長官直々に情報をもらったことに関して何もコメントしなかった。その代わりに質問してきた。

「局長は遠出なさると思うか?」

 セイヤーズは考え込んだ。ハイネ局長はまだドーム空港のビル内とドーム周辺の花畑しか出かけたことがないし、1時間ほどですぐ帰って来る。マスクの効力を完全に信用しきれないのだ。それに花畑は昆虫が増える季節になれば出かけなくなる。

「精神的に無理なんじゃないでしょうか。」

 セイヤーズの正直な意見に、キンスキーは同意を示して首を振った。しかし・・・

「局長は好奇心の強い方だし、長官には逆らわない。もし長官から強く同伴を求められたら、お出かけになるだろうな。」
「でも、あの脚では心配です。サンダーハウスにはセッパー博士がおられます。彼女の前で怪我をしていることを知られないよう無理をなさる恐れがあります。」

 ドームの住人達は、シュリー・セッパー博士が何者か、薄々勘付いていた。ローガン・ハイネは孫娘に弱味を見せまいと張り切ってしまうだろう。
 ふむ、とキンスキーは少しばかり考え込み、それから自分のコンピュータの画面を閉じた。

「不確定の未来に今から悩んでも仕方がない。私は昼休みに入る。君も休みなさい。」

 セイヤーズは時計を見て、まだちょっと早いな、と思った。それで先刻の会議の内容を思い出して言った。

「私は内務捜査班のオフィスにちょっと顔を出してきます。今ならまだエストラーベンは席にいるでしょう。」