2021年3月6日土曜日

ブラコフの報告     8

  カップルと言えば、ポール・レインとJJ・ベーリングは結婚したんだよ。ちゃんと局長から婚姻許可をもらってね。そして2人は今中央アジアドームにいる。え? 驚いた?

 JJは女の子が生まれる羊水がちゃんと機能しているか検査する仕事をしているんだ。まだクローンを作り続けないといけないからね。それで地球上の各ドームを順番に廻っているんだよ。レインは彼女が普通の子供と違う育てられ方をしているから心配でさ、何かトラブルがあっちゃいけないってんで、彼女が地球人類復活委員会の執行部から直々に勅命を受けた時に、護衛も兼ねて一緒に行きたいとケンウッド先生に直訴したんだ。ドーマーを遠方に行かせるのは気が進まないケンウッド先生は困って、ハイネ局長に相談した。局長はあっさり「行かせておやりなさい」って答えたんだ。まぁ・・・ハイネらしいけどね(笑
 それでレインとJJは慌ただしく式を挙げて(ファンクラブの連中がどんなに嘆き悲しんだことか・・・爆笑)、セイヤーズとも固い抱擁を交わして、旅立って行った。あまりに早急だったんで、息子のライサンダーは結婚式に間に合わなくて、2人が帰ってきたら叱りつけてやる!って息巻いているらしい。
 レインの遺伝子管理局での席はまだあるけど、流石に班チーフは辞めざるを得なかった。彼の現在の身分は、南北アメリカ大陸ドーム遺伝子管理局特別捜査員だそうだ。

 レインの後を襲ったのはクラウス・フォン・ワグナーだ。パトリック・タンを副官に据えて、新チーフは張り切っている。タンの親友のジョン・ケリーはジェラルド・ハイデッカーが抜けた後のチーム・リーダーの一人として、こっちも頑張っているよ。ハイデッカーは外の女性と恋愛した訳じゃない。彼はタンブルウィード支局、通称中西部支局の支局長代理ブリトニー・ピアーズが3人目の子供を妊娠して、これ以上支局長代理を続けるのは無理だと聞いた時、自分から支局長候補に名乗り出たんだ。ここだけの話、ハイデッカーはサボテンが好きでね、サボテン専門の植物園を作るのが夢なんだ。だから、砂漠地方のタンブルウィードに魅力を感じたんだよ。夢が実現するといいね。

 みんなが人生上手く行っているとは限らない。
 

 ダリル・セイヤーズはどうも波乱に富んだ人生を歩む人らしい。彼とラナ・ゴーン副長官の結婚計画は暗礁に乗り上げている。ゴーンの2人の娘が反対しているんだ。彼女達は、母親が地球人と交際することは受け容れた。だけど、結婚となると話は別だ。
 彼女達は、クロエルを養子に迎えたいと30年以上前に母親が切り出した時は、大賛成した。クロエルは可愛らしかったし、彼女達の弟として年齢も丁度良かった。だけど、その弟と4、5歳しか離れていない男を父親に迎えられるか? 彼女達の本当の父親はまだ健在だ。再婚しているが、父親であることに変わりはない。だから、セイヤーズが母親の新しい夫となるのに、彼女達は難色を示したのだ。地球人はコロニー人と比較すると寿命が短い。だけど母親と親子ほども歳の差がある男が母親より先に死ぬとは考えにくい。母親に何かあった時、遺産分与はどうなるのか? 義弟クロエルに不利になりはしないか? それにクロエルちゃんが仕事仲間を「父」と呼べる?
 僕に言わせると、娘達が地球に降りてきて、セイヤーズに直接会って話し合えば良いのだ。そうすれば、彼がどんな素晴らしい男かわかるだろう。(僕は彼に会ったことがないけどね・・・)兎に角、母親が選んだ人をその目で見てみると良いんだ。それから反対か賛成か決めても遅くないだろう? 
 ヤマザキ先生はゴーン副長官が重力休暇を取りたがらないことを心配している。娘がいる火星に帰らなくても構わないだろう? 月とか、ちょっと足を伸ばして別のコロニーの友達のところとか・・・。
 友人のアイダ博士も気を揉んでいる。アイダ博士の子供達は母親がローガン・ハイネと再婚したことを気持ちよく受け容れた。まぁ、ハイネはコロニーでも凄い有名人だし、大勢の人々から尊敬されている。セイヤーズとは立場が違う。でも年齢はアイダ博士の父親と言ってもおかしくないし、歳をとるのが極端に遅い変な遺伝子を持っているし、ドームの外から出られない。普通の「父親」にはなれない人間だし、ドーマーだから親子関係をあまり理解していない。アイダ博士の娘は連邦政府の官僚で、スキャンダルは避けるべき立場だが、それでも母親が愛しているなら、とハイネを受け容れた。一般企業の社員として働いている息子は、ただ自慢出来る義父だと喜んだ。だから、アイダ博士は、ゴーンの娘達にセイヤーズと会うように勧めているところだ。
 アイダ博士の親友でゴーンとも仲が良いキーラ・セドウィック博士は、「ほっとけば良いわよ」と言うんだ。彼女と父親のローガン・ハイネも本当の親子として心が通い合うまで30年近くかかった。だから彼女は、ゴーン副長官も気長にセイヤーズとの愛を育めば、いつか娘達が折れると考えている。
 セイヤーズはゴーンがスキャンダルの主人公にならないように、今も控えめに交際しているんだ。ちょっと気の毒だけど、彼は能天気だから、キーラと同じ考えなんだ。
 セイヤーズと言えば、レインは彼の最愛の恋人だったのだけど、レインがJJと結婚して旅に出てしまったので、今は大概一人でいる。人気者だから孤独と言う訳ではないだろうが、仲が良いクロエルやクラウスが外に出かけると格闘技や球技の練習相手がいなくなるからね。彼は運動神経が半端なくよ過ぎるんだ。対等に闘えるのはハイネぐらいだけど、ハイネは若造の相手をしない。彼は目下ゴメス少佐を倒すことだけを目標にしているそうだ(笑
 それに、セイヤーズは現在ハイネの秘書をしているんだよ。意外だろ? ネピアがよく許したもんだ、と思うだろ?

 実は現在ネピアは新設された遺伝子管理局副局長に就任して、めっちゃ忙しいんだ。何しろ、それまで局長がやっていた仕事の半分が副局長の仕事になったからね。生死リストのデータ移行は今や内勤局員の分業仕事になった。ネピアは外勤務局員や内勤職員の報告書を読む仕事をしているんだ。報告書を読んで内容を分析して部下に新しい指図を出す。ハイネが才能で余裕を持ってやっていた仕事を、普通の人であるネピアは必死で毎日こなしているんだ。ネピアには新しい秘書が付いている。秘書が一人で足りているのは、ネピアの才能かな。秘書に手伝わせることはしないそうだよ。
 ネピアが副局長になったので、局長第1秘書はアルジャーノン・キンスキーが務めている。だから、セイヤーズは第2秘書なんだ。ハイネは今までしてきた伝統的な局長業務をほとんど全て部下に与えてしまい、今は全く新しい仕事に取り組んでいるんだ。つまり、ケンウッド先生の長年の夢だった「ドーマーの社会復帰」だ。ドームの外の世界、第2世代アメリカ合衆国の法律を勉強して、ドーマー達が巣立って行く為の手助けと準備をしている。先生と局長が一緒に過ごす時間が以前より断然増えて、僕は正直なところ、ちょっと嫉妬しているんだよ。(笑

 ハイネが外の世界を勉強するには、やはり外に出て実際の社会を見た方が良いだろう。と言う訳で、ヤマザキ先生はハイネを外に出す研究を始めたんだ。抗原注射を受けられない年齢になっているハイネが外の大気を呼吸するには、自然に抗体を作って行かなければならない。ヤマザキ先生は連邦軍が人間の生存不可能な天体で過ごさねばならない時もありうるだろうと考えた。それで特殊部隊出身のゴメス少佐に、そんな場合はどうするのか尋ねてみたんだ。少佐もヤマザキ先生の質問の目的を悟ったので、空気が十分にある地球で活動するなら重装備は必要がない、但し空気中の微生物を排除出来る濾過装置を繋げたマスクで外に慣れさせるところから始めればどうか、と助言した。

「宇宙船の船外活動みたいな装備をハイネに装着させて、人目につかない深夜にゲイトの外に連れ出したんだ。ハイネがものすごく及び腰だったのは言うまでもないがね。」

ってヤマザキ先生が笑っていた。ハイネは天然の風におっかなびっくりで、でも頰や手の肌に触れる風の感触にすぐ慣れたそうだ。それで、ヤマザキ先生は次に濾過機能が高いマスクを宇宙から仕入れて、ハイネに着けさせた。初日は10分間だったそうだ。ハイネはドームの中に戻って激しい咳の発作に襲われたけど、微生物が原因じゃなかった。心理的問題さ。緊張し過ぎたんだ。それにゲイトでの消毒にも慣れていなかったからね。2度目はケンウッド先生が付き添って半時間我慢した。空港ビル内をちょっと散歩したんだ。大勢の一般の地球人が活動する中を歩いたそうだ。

「彼は何も言わなかったが、ちょっぴり嬉しそうだったよ。」

ってケンウッド先生が僕に報告してくれた。だけど本当に嬉しかったのはケンウッド先生の方じゃなかったのかな。
 3回目はさらに大胆なことをしたそうだ。この時の付き添いはヤマザキ先生で、だから許可してもらえたんだと思うけど、ハイネは自販機でアイスクリームを購入した。なんでも、ネピアが空港ロビーの自販機のアイスが美味しいと教えたんだって(笑 アイスクリームだからドームに持ち帰れないだろう? だからハイネはマスクを外して、アイスを食べたんだ。ヤマザキ先生はアイスに微生物が混入していないか、こっそり端末で遠隔走査した。普通の地球人は所持している端末にその機能が入っていても使わないからね。ハイネはお腹を壊すこともなく、無事に数日過ごしたよ。今の所、外出は1時間が限度らしいけど、ローガン・ハイネは仲間のドーマー達と共に外の世界に踏み出そうとしている。僕はいつか彼が空港ロビーで僕を出迎えてくれる日が来ることを信じているんだ。