2021年3月26日金曜日

星空の下で     21

  ポール・レイン・ドーマーから情報漏洩疑惑に関する次の報告があったのは、最初の報告から10日も経ってからだった。レインは最初にこう断っていた。

 ドーム内から送信すると中央アジア・ドームの保安課に傍受されるので、外出出来る日まで機会を伺っていました。

 そして、情報漏洩はあった、と彼は報じた。ウズベキスタンの支局長が端末を落としたのだ。売買したのではなく、うっかりして致命的ミスを犯してしまったのだった。そして紛失を本部に知られる前に、自分で解決しようと奮闘しているうちに、彼の端末は故買屋からコロニー人の手に渡り、そのコロニー人が地球へワクチン開発に使える微生物採取に来ていた企業の人間だった。コロニー人は地球人の端末を興味本位で買ったのだが、中身を分析して思いがけぬお宝を発見してしまった訳だ。支局長はマザーコンピューターのアクセスはセキュリティをかけていたのだが、自身の担当地域の住民リストはいつでも見られるようにオープンな状態で保存していた。中央アジアの大らかさで、遺伝子鑑定が必要な時に警察官でも見られるようにしてしまっていた。だからコロニー人も見た。
 支局長は厳重な注意を与えられ、ドーム本部から派遣された現役職員の監視を1年間受けることになった。コロニー人のバイヤーは空港で捕まり、支局長の端末を没収され、買い取った遺伝子も没収された。彼が属する企業は保釈金を支払う用意があると告げたが、地球人保護法が緩和されたとは言え、地球人の遺伝子を当局に申告無しに宇宙へ持ち出すのは連邦遺伝子管理法に違反するので、現在は宇宙連邦の検察と地球側の司法との話し合いの段階だと言う。
 レインはこう締めくくっていた。

中央アジア・ドームはこれを自分達の失態と考え、世間に公表することを良しと思っていません。恐らく、事件の発表はないでしょう。JJと私もドームの中ではこの件に関して会話することはありません。

 ハイネにこの報告書を見せられたケンウッド長官とゴーン副長官はホッと胸をなでおろした。何か大きな組織犯罪でも起きているのかと危惧していたのだ。

「レインはまさか南北アメリカ大陸ドームで騒ぎになったとは想像していないでしょうね。」

 ゴーンが可笑しそうに言った。

「私が騒いだのです。申し訳ありませんでした。部下達にも余計な気遣いをさせました。」

とハイネが謝罪した。ケンウッドも脱力しながら、しかし局長を慰めた。

「いやいや、これは中央アジアに限ってのことではないかも知れない。情報管理は本当に重要だよ。国家機密レベルではないが、個人の人生に関わってくる情報を我々は管理しているのだからね。気を緩めるな、と我々に忠告してくれた案件だ。」
「ネピア副長官はまだ部下や元ドーマーの口座を調べています。」

 ハイネはネピアに真相を打ち明けていないことを告白した。

「彼なりに納得出来るまでやらせるつもりです。案外、何か別件で問題を見つけるかも知れませんからな。」
「ネピアが見落としをするとは思えないから、きっと何か見つけるだろうね。それが良い案件なのか悪い案件なのか、ちょっと楽しみだ、と言ったら不謹慎かな。」

 するとゴーンも少し楽しそうに言った。

「セイヤーズは探偵ごっこが終わりと知ったら、がっかりするでしょうね。やっと内務捜査班とお近づきになれた、と喜んでいましたから。」
「そうなのですか?」

 ハイネが驚いて見せた。

「ここに一人捜査官がいるのですがね。」
「元じゃ、駄目だよ。」
「私は内務捜査班を引退した覚えはありません。」

 ハイネがニヤリと笑って、ケンウッドは恐れおののく仕草をし、ゴーンが声を上げて笑った。