2021年3月25日木曜日

星空の下で     19

  セイヤーズはクロエルと共にジムに入った。ドームは24時間稼働している不夜城だ。ジムでは夜勤組が仕事を終えて寝る前の軽い運動をしていた。昼勤組ではハイネやネピアと言った年配者が運動の早朝組だが、ハイネはまだ到着していなかったし、ネピアは副局長に就任してから運動は専ら夜集中するパターンに変更していた。どうやら朝寝の気持ちよさに気が付いてしまったようだ。
 セイヤーズは遺伝子管理局のメンバーがまだ誰も来ていないことを目視で確認すると、クロエルを隅のトレーニングマシンに誘導した。その頃になるとクロエルも彼の行動が目的あるものだと察していた。ステアクライマーに並んで乗ると、体を動かしながら質問した。

「僕ちゃんに何か用っすか? 局長の怪我に関すること?」
「いや、別の事案だけど・・・局長が怪我をされていることは、余り口外しないでくれよ。」
「わかってます。でも、骨が割れたって・・・」
「左腓骨を折られたんだ。日常生活には支障ないので、余り騒がない方が良い。」
「了解っす!」

 何故ハイネが骨折したのか、突っ込んで質問しないのは、クロエルの良いところだ。

「で? 別の案件とは?」

 急かされて、セイヤーズは周囲を見回した。こちらの会話に耳を傾けていそうな人間は見当たらなかった。みんなマシンの表示板に出てくる数値を睨んでいる。立ち聞きされる心配はなさそうだ。

「君の管轄下で、最近進化型遺伝子保有者の家に遺伝子バイヤーが訪ねて来たと言う噂はないかい?」
「遺伝子バイヤー?」

 クロエルが足を動かしながら首を傾げた。

「進化型遺伝子って、2級とか3級の?」
「うん。主に3級の保有者を標的に訪ねて来るそうだが・・・」
「待って。」

 クロエルはセイヤーズを振り返った。

「そのバイヤーっちゅうのは、地球人の遺伝子情報の資料を持ってるってこと?」
「そうなるね。でもまだ確実にそうだと言えないんだ。調査中でね。」
「誰が?」
「中央アジア・ドーム遺伝子管理局。」
「へ?」

 クロエルが顔をしかめたので、セイヤーズは吹き出しそうになった。クロエルはとてもイケメンなのに、自ら好んで変顔をする。いつでも誰かを笑わせたい男だ。

「話が読めないんっすけどぉ、セイヤーズ・ドーマー・・・」
「私達もまだ何も摑んでいないんだ。レインからの報告で、中央アジアで進化型3級遺伝子保有者の家に、遺伝子を売ってくれないかと訪ねて来る連中がいるらしくて、中央アジア・ドーム遺伝子管理局は支局のどれかがコロニー人の企業に住民の遺伝子情報を密売したんじゃないかと疑って調査を始めたそうだ。」
「それ、中央アジアの話でしょ? どうして僕ちゃんの管轄下で・・・ああ、そうか、アメリカでも同様の事例がないか調べてるんすね?」
「昨日から副長官が君達の過去の報告書を見直す作業に入られたところだよ。君達が何気ない巷の噂だと思って書いた事例で、幹部も重要性を見出せずに見過ごしてしまったことをね。」
「だけどさ・・・」

 クロエルは班チーフだ。物事の深読みは出来る。

「進化型遺伝子の情報にアクセス出来るのは、チーム・リーダー以上の地位の人間っすよ? 部下の報告書を読む立場の人間が、噂の報告を見逃して自分の首を絞めると思います?もし情報漏洩があったとしたら、ですけどね。」
「うん、だからまだチーフの中では君にしか打ち明けていない。勿論、私が個人的に君を信用しているからだけど。」
「信用して戴いて有り難うございます。」

 そしてクロエルは呟いた。

「多分、ネピア副長官は報告書の再検討は無駄だと気づかれますよ。僕ちゃん達に内務捜査が入るのは嫌だなぁ・・・」
「みんな嫌だよ。家族を疑うことになるのだからね。」