2021年3月6日土曜日

ブラコフの報告     9

  べサニーはこの報告で初めて名前が出てきた子だね。彼女は女性ドーマーだ。取り替え子になるはずだった男の子が誕生前に亡くなってしまったので、ドームに残された。代替の家族も見つからなかったので、そのままドームの養育棟で育てられたんだ。養育係の執政官が誰だったか僕は覚えていないんだけど、担当したドーマーの養育係はよく知ってる。先に報告したジャン=カルロス・ロッシーニだ。
 ロッシーニは子供達に英語を教えながら、彼女個人の担当を受け持っていた。執政官と2人で彼女の養育をしていた。そして執政官が慣例に習って静かに退官した後は独りで彼女の面倒を見ていた。だから、べサニーは彼と2人きりの時は、ロッシーニを「父さん」って呼んでいたそうだ。多分、ロッシーニがそんなことを教える筈はないから、執政官がそう呼ばせていたんだろうってケンウッド先生は推測している。
 女性ドーマーは成長したら殆どが出産管理区か医療区かクローン製造部で働く。職種は様々だ。男性ドーマーとそんなに変わらない。ただ、出産管理区の男性ドーマーが、特定の妊産婦と親しくならないように担当する職種を3つばかり持っていて、時間も複雑にローテンションを組んで働くのと違って、女性ドーマーは好きな仕事に集中出来る。選択職種が一つだけでも構わない。べサニーは、保安課を選んだ。これにはロッシーニが面食らったそうだ。彼は遺伝子学者の研究室で助手として働き、執政官の秘書になって、最後は長官秘書を勤め上げた。だからべサニーも同じような道を歩ませるつもりだった。こう言うところは、コロニー人も地球人も同じだね。親は子供が自分の後ろをついてくると思いがちだ。
 元気一杯、体力が有り余る少女を毎日ロッシーニは追いかけ回して机の前に座らせようとしたけれど、無駄だった。同じ養育棟で働く元局長秘書のジェレミー・セルシウスに、べサニーが望む道を歩かせろと忠告されて、やっと彼は折れた。
 べサニーはロッシーニが口を利いてくれたお陰で保安課の訓練コースを受講出来た。保安課にはレティシアと言う優秀な女性保安課員がいて、彼女がべサニーをみっちり仕込んでくれた。べサニーは長官の警護が出来るようになろうと頑張った。ロッシーニが長官秘書だったから、自分も長官の下で働きたかったんだ。その勇姿を育て親に見せたかったんだよ。
 でも彼女が一人前になる前に、ロッシーニは体調を崩してしまい、「黄昏の家」の住人になってしまった。べサニーはヤマザキ先生に頼み込んで、ゴメス少佐の許可をもらって、「黄昏の家」に通った。ロッシーニのそばについていてやりたかったんだ。ロッシーニの副官だったビル・フォーリーは養育係になってから若者達に囲まれて楽しく暮らしている。だけどロッシーニにはべサニーしかいなかったそうだ。ロッシーニ自身が、あまり大勢と一緒にいることを良しとしなかったのだろう。だからべサニーはロッシーニの晩年を殆ど独り占めした。大好きな「父さん」の看護をしたんだ。そしてロッシーニが、研究助手から秘書に取り立ててくれたユリアン・リプリー元長官に会いたがっていることを知ると、ケンウッド先生にリプリーを呼んでくれと懇願した。
 普通一度退官した執政官はドームに戻らない。仕事以外で戻ろうと思えば面倒な手続きが必要だ。だけどロッシーニには時間がない。ケンウッド先生は地球人類復活委員会のロバータ・ベルトリッチ委員長にリプリーが再びドームに入る許可の省略を要請した。そして話がわかる委員長ベルトリッチはリプリーに連絡をつけると、ロッシーニに会ってやってくれと頼んでくれた。
 人付き合いの悪いユリアン・リプリーがすぐに地球にやって来た。ケンウッド先生やヤマザキ先生と簡単な挨拶を交わすと直ちに「黄昏の家」に向かい、ロッシーニの部屋に入った。べサニーは気を遣って娯楽室でエイブ・ワッツや他の老人達と待機していた。でも最後の日に、リプリーが彼女を呼んだ。

「一緒にお父さんを送ってあげよう。」

 リプリーはべサニーをロッシーニの娘として認識したんだ。彼女は元長官と2人でジャン=カルロス・ロッシーニの旅立ちを見送った。
 リプリーが地球を再び去って、ロッシーニの葬儀が終わると、べサニーは保安課に正式に採用された。まだ新人だから外には出させてもらえない。だけど出産管理区で妊産婦の間で女性同士の暴力沙汰(あるんだよ、これが!)が起きればべサニーはすっ飛んで行って仲介に入るんだ。男性の保安課員じゃ相手の体に手を触れるのが厄介だからね。
 彼女の直属の上司で教育担当でもあるレティシアは、見込みのある弟子だとゴメス少佐に報告しているそうだ。少佐がそのことをバーでヤマザキ先生と飲んだ時に話すと、ヤマザキ先生が笑ってこう言ったそうだよ。

「間違ってもローガン・ハイネの護衛には入れるなよ。ハイネの爺さん、あれで結構女好きだからな、サヤカがいても油断しちゃダメだ。」