2021年3月22日月曜日

星空の下で     15

  セイヤーズが席を発とうとすると、エストラーベンがその動きを止めるかのように質問を発した。

「セイヤーズ、君は内務捜査班の班員が入局式に出たのを見たことがあるかね?」

 セイヤーズは一瞬キョトンとして、そして考え込んだ。彼自身の入局式は異例だった。ハイネ局長が重病で入院して、リモートで新人の自己紹介を見て、挨拶もなく画面から消えた。式典は当時のドーム長官サンテシマ・ルイス・リンの主導で行われ、実際は必要だった局員の遺伝子紹介が行われなかった。
 セイヤーズが局長秘書に就任してから立ち会った入局式は正式なものだったが、内務捜査班の班員に採用された少年達はいなかった。

 そう言えば、内務捜査班はいつ採用されるんだ? 入局式に出ればコロニー人に面が割れてスパイ活動など出来ない・・・

 セイヤーズはエストラーベンを改めて見た。

「内務捜査班の入局式なんて、あったっけ?」

 ハマー・ブライトがクスッと笑い、エストラーベンも口元に微かに笑みを浮かべた。

「あるんだ。でも養育係の執政官は気がつかない。ドーマーの養育係だけが知っている。」

 セイヤーズは驚いた。

「では、養育棟で行われるのか?」
「養育棟の訓練室でね。」

 エストラーベンが立ち上がり、セイヤーズにも立つようにと促した。そして机を回ってセイヤーズの横に来た。

「時々局長が養育棟に参観に行かれるだろう?」
「うん・・・子供達の成長を見に行かれる。」
「子供達が10歳になれば、進路が決められる。数名が遺伝子管理局へ、残りはその能力や興味を持つ方向から維持班各所へ・・・内務捜査班へ進む子供は維持班へ振り分けられる子供から選ばれる。」
「そうだったんだ! 局長は子供達の適性を見極めに行かれているのか・・・」
「いつもではないがね。単純に子供達の成長を楽しまれる時の方が多いが。」

 ブライトが珍しく言葉を挟んだ。

「局長にお声をかけられると、子供でも嬉しいものだよ、セイヤーズ。そして局長が秘密の合言葉を教えてくれたら、もう天にも昇る気持ちになる。」
「ああ・・・」

 それが「採用」なのか。セイヤーズは得心が行った。エストラーベンがそっと彼の肩に手をかけ、顔を寄せて囁いた。

「君も仲間だ。」

そして左の頬に軽くキスをした。セイヤーズがびっくりすると、エストラーベンが体を離し、クスリと笑った。

「これが、入局式だ。残念だったな、セイヤーズ、私は局長ではないので、君は仲間に入れないが。」

 セイヤーズは胸がドキドキした。40年以上生きてきたが、こんな身近にこんな秘密があったなんて! だが彼の頭はただ感動しているだけではなかった。エストラーベンがこの秘密を教えてくれた意味を意図を考えていた。

「つまり・・・チーフ・エストラーベン、貴方が言いたいのは、内務捜査班の班員は私達が思う研究所の科学者達だけではないと・・・?」
「君の視野が狭いようだったので、ちょっとからかってみた。」

 エストラーベンはまだ可笑しそうに口元を緩ませたまま席に戻った。セイヤーズは座れと合図をもらって、また椅子に戻った。

「調査の依頼を引き受けよう。捜査官は研究所の外の人間だ。必要な人数を伝えてくれたら、こちらで選出する。だから彼等が支局へ行く言い訳を君達が考えてくれ。」
「わかった。」

 セイヤーズは肩の力を抜いた。

「調査対象は支局長になる。元ドーマーだから、内務捜査班の存在は知っている。だから尻尾を掴まれない人材が必要だ。そして支局長室に入れる人だ。技術者でも経理関係でも良いかな。支局の職員全員の健康診断で医療関係者が行く手もある。」

 研究員と言う縛りがなくなれば、アイデアはいくらでも出てきた。

「局長は最初から様々な分野にいる捜査官を想定なさって賛同なさったんだろうな。」
「アルもそのつもりで案を出した筈だ。」

 アルとは、アルジャーノン・キンスキーだ。エストラーベンはキンスキーと部屋兄弟だ。部屋兄弟だからと言って職務上の秘密を共有したりはしない。キンスキーが内務捜査班の事情を知っているのは、第2秘書として働いている間に中央研究所に出入りして情報収集することによって、捜査官達の存在が研究所内だけでないことに気が付いたからだろう。セイヤーズは自分がまだ未熟な秘書であると痛感した。思わず呟いていた。

「ネピア・ドーマーもそのつもりだったのかな・・・?」

 エストラーベンとブライトが声を立てずに、しかしはっきりと笑った。

「ネピア・ドーマーは内務捜査班の暗号文字を解読出来ないよ。」
「局長は秘書が必ずしも内務捜査班の実態を知っているべきだとは考えておられない。ただ、亡きペルラ・ドーマーは聡明な方だったからご存知だったし、セルシウス・ドーマーはフォーリー・ドーマーと部屋兄弟で仲が良いから恐らくご存知だ。どちらの大先輩も、局長が瀕死の状態で入院中に内務捜査班のチーフに指令を出されたからな。」

 そしてエストラーベンはこう付け加えた。

「内勤にもうちの部下がいるから。」