2021年3月21日日曜日

星空の下で     14

  内務捜査班のオフィスは局長執務室と同じフロアにあった。副局長執務室を新たに造ったおかげで内務捜査班の大部屋は少し狭くなってしまったが、普段から班員が集まることなどない部署だ。セイヤーズはチーフのエストラーベンと彼の秘書以外の内務捜査班の人間を遺伝子管理局本部内で見たことがなかった。たまに引退した前チーフ、ビル・フォーリーが何か調べ物をする為に大部屋に出入りするのを見かける程度だ。フォーリーは養育棟の訓練所で若い捜査官候補生を教育する仕事をしている。大部屋はほとんど資料保管庫扱いになっていて、内勤の局員も利用しているが、現役の捜査官は来ない。うっかり本部に出入りするところをコロニー人に見られて内務捜査班であることがバレては困るからだ。
 セイヤーズは大部屋の向こうにあるチーフ執務室に訪問する連絡を入れてから、そこまで歩いて行った。ノックする前にドアが開き、秘書が「どうぞ」と招き入れてくれた。内務捜査班の秘書ハマー・ブライトは秘書会議に来るが静かで出席していることに気づかれないほどだ。チーフもチーフ会議に滅多に顔を出さないので、チーフ達は時々エストラーベンの存在自体を忘れることがある。
 セイヤーズは務めてさりげなく、「ヤァ、ハマー」と挨拶した。

「忙しいかい?」
「それなりに。」

 ハマー・ブライトは短く答え、客をボスの執務机の前の席に案内した。
 コリン・エストラーベンは中央研究所で働いている部下から送られてくる報告書に目を通していたが、セイヤーズが前に来ると立ち上がって握手した。

「君がこの部屋に来るとは珍しい。」
「うん・・・電話ではちょっと話しにくい話題でね。」

 セイヤーズは椅子に腰を下ろした。すぐに本題に入った。

「局長宛のポール・レインの報告に気になる案件があって、局長も長官も憂慮されている。今朝の打ち合わせ会での議題になって、内務捜査班の協力を得たいと言う話になった。」

 エストラーベンは黙ってセイヤーズを見ているだけだ。セイヤーズは話を進めた。

「中央アジア・ドーム遺伝子管理局の管轄下で、住民の遺伝子情報が漏洩した疑いがある。進化型3級遺伝子保有者のところにコロニー人らしき訪問者が来て、精子を売ってくれないかと持ちかけるそうだ。中央アジア・ドーム遺伝子管理局は支局のどれかが情報漏洩の発信源と考えて調査中だとレインは報告している。
 以上は中央アジアの問題だ。しかしケンウッド長官とハイネ局長は僕等の南北アメリカ大陸で同様の案件が起きていないか心配されている。ネピア副局長が調査に乗り出された。過去の報告書をもう一度再検討してそれらしき事例がなかったか洗い出しを開始されたところだ。
 だけど事務的に調査してもわからない場合も多い。そこでキンスキー・ドーマーが内勤局員か内務捜査班に協力願って現地調査をしたらどうだろうと提案した。」
 
 内務捜査班は、実際に起きているかどうかわからないコロニー人の不正研究を調べるのが仕事だ。実際に起きているかどうかわからない情報漏洩を調べるのも可能だろう、と言うのがキンスキーの考えだ。
 エストラーベンが視線をセイヤーズから秘書のブライトへ移した。ブライトが肩を竦めて見せた。それを視野の片隅で捉えて、どう言う意味だろう、とセイヤーズは思ったが、言葉にはせずに内務捜査班チーフを見つめた。
 エストラーベンが自身の執務机を手で撫でた。

「私の先先代のロッシーニ・ドーマーがその生涯でこの机の前に座った日は数えるほどだったそうだ。」
「彼はずっと潜入捜査専門だったからね。」
「私の師、先代のフォーリー・ドーマーはここで仕事をされていたが、彼が部下達と直接任務の話をする姿は誰も目撃したことがなかったと言われている。」
「そりゃぁ、内務捜査班は潜入捜査官だとバレては困るから・・・」

 彼が何を言いたいのか、セイヤーズはぼんやりと察した。

「研究員として潜入捜査している部下が外へ出かける理由を作らなきゃいけないってことか・・・」
「保養所へ出かけるのであれば、理由は簡単に作れる。しかし、支局に研究員が行く目的がない。」
「う〜ん・・・」

 セイヤーズは思わず腕組みした。 内務捜査官達は本物の科学者でもあるのだ。彼等は少年期から遺伝子工学や薬学や医学を学び、ビル・フォーリーが訓練所で彼等に教えているのはそれらの専門知識を使ってどうやって不正研究を見破るかと言う技術だ。コロニー人はフォーリーが教えている「一般教養科学」なる科目がどんな実態なのか知らない。広範囲の自然科学の知識を浅く教えて専門知識に偏らないようにする為のもの、と言う認識だ。
 だから、科学者達が遺伝子管理局の支局へ出かけて行く目的がないのだ。支局が扱っているのは、住民の婚姻と養子縁組と出生・死亡届け、そして女性の妊娠確認だ。住民の遺伝子情報が欲しければドームにある本部で調べれば事足りる。潜入捜査官が用事がないのに支局に出かけて仕事をすれば、ドームにいるコロニー人達に捜査官であることがバレてしまうのだ。

「保養所に行くふりをして・・・或いは研究資料を収集する旅行に出るふりをして支局に出かけると言うのは?」
「保養所にはコロニー人も行くし、研究資料を収集すると言う口実は、現物の資料を持ち帰る必要がある。それに支局の数だけ資料収集に出かける訳にはいかない。研究のリーダーはあくまでもコロニー人執政官だからだ。」

 エストラーベンは機嫌が悪い、とセイヤーズは感じた。先刻迄目を通していた部下の報告書に何か不愉快なことでも書かれていたのだろうか。
 セイヤーズは内務捜査班の協力を諦めようかと思った。折角局長が乗り気になってくれたキンスキーのアイデアも現実的ではなかったか・・・
 その時、秘書のハマー・ブライトが質問した。

「セイヤーズ・ドーマー、調査は一斉に行うのですか? それとも支局一箇所ずつ順番に?」

 ああ・・・とセイヤーズは呻きたくなった。ネピア副局長は調査する順番を決めると言ったが、そんな悠長なことで大丈夫だろうか? もし本当に情報漏洩が行われていたとしたら、支局に捜査が入ったと情報が流れでもしたら、犯人はその痕跡を消してしまうのではないか。だが、内務捜査班が支局の数と同じ人数の捜査官を一斉に外へ出す筈がない。

「話を持って行く場所を間違えたな、セイヤーズ。」

とエストラーベンが言った。

「内務捜査班ではなく、内勤部屋へ行くべきだ。外勤務の経験者を集めて捜査させてはいかがか?」