2021年3月28日日曜日

星空の下で     23

  翌日の打ち合わせ会で、ケンウッドはハイネ局長に外廻りの遺伝子管理局員達にインフルエンザの対策を取っているのかと尋ねた。ハイネは、インフルエンザの流行は局所的なものなので、当該地域に出かける班担当者に任せてあると答えた。つまり、北米南部班チーフ、クラウス・フォン・ワグナーが対策を考える役目を負っているのだ。

「維持班は流行が見られる地域へ出かけないのかね?」
「ターナー総代に訊いてみなければわかりません。しかし、維持班が感染力の強い疾病の情報を掴めば、必ず遺伝子管理局に報告してくれる筈です。まだ彼から何も言って来ないところを見ると、維持班のドーマー達はそちらへ出かけていないか、感染した者がいないと言うことでしょう。」
「感染者が出なくても、流行性疾病情報を得たら、すぐドームへ情報を入れて欲しいね。」

 ケンウッドは、これは医療区にも考えさせなければ、と思った。医療区も外の病気の情報をもっと積極的に集めるべきだ。これからドーマー達にもっと外に出て行く機会を与えるのだから、ドームは彼等を守る体制を今以上に強化させておかねばならない。執政官達にもウィルスの遺伝子解析をさせて、変異株のワクチン開発を研究させるのだ。

「ドームで開発するワクチンは当然ながら外の国立疾病対策センターに提供する。地球人を守るのが我々の使命だから。」
「無償で、ですか?」

と質問したのはゴーン副長官だった。研究にはお金はかかる。地球人類復活委員会の出資者様達は地球人を増やすことにはお金を出してくれた。しかし、地球の一部の地域で発生する流行性感冒は地球人の力で抑えることが出来る。出資者様はそう言うものの研究にはお金を出し渋る。地球からの見返りが期待出来ないからだ。ゴーンが心配したのは、出資者様から無駄遣いと思われないか、と言うことだった。
 ケンウッドは苦笑した。彼女の苦労は彼も副長官を経験しているので理解出来た。

「ウィルスの変異は毎年見られる。こちらの分析結果を無償で提供しても良いが、薬品製造はドームでは行わない。それにこちらが情報提供で点数を稼げば、ドーマー達の社会復帰計画の援助を増やしてもらえるだろう?」

 ゴーンも苦笑した。

「そちらの方向から見返りをいただくのですね。保養所の設備拡張や福利厚生の面であちらに資金を出していただくと・・・」

するとハイネが執政官達が思いを至らせなかったことを疑問の形で言葉にした。

「分析すると言うことは、インフルエンザウィルスをこのドームに持ち込むと言う意味ですな?」
「そうだよ、研究に必要だから・・・」

 ケンウッドはハッとした。ドームは今迄微生物を研究の為に持ち込んだことがなかった。必要がなかったし、ゲイトでの消毒でウィルスもバクテリアも外のものは全て排除してきた。
だから、ハイネや外に出たことがなかったドーマー達は安全な世界で安心して暮らしてきた。そこに生きたウィルスを持ち込んで研究するとケンウッドは提案したのだ。ワクチンを開発する為に。

「微生物研究の為の施設がこのドームにありましたか?」

 外から微生物を入れまいと閉鎖されているドームの中で、もし微生物が研究室から出てしまったら、どうなるのだ? ハイネはそれを心配しているのだ。
 ケンウッドは自身の考えが中途半端だったことを認めた。

「君が心配するのも無理ないことだ、局長。我々は人間のゲノムを分析する研究をしてきた。しかし、微生物は未経験だし、設備も整っていない。私の短絡的な思いつきだった。ドームの中でワクチン開発は出来ない。」

 ゴーン副長官も同じく考えが足りなかったことを認めた。

「私も費用のことしか頭にありませんでした。ここでは微生物の遺伝子分析は無理です。」
「だが、疾病対策センターに執政官達を出向させることは出来る。」

 するとハイネが提案した。

「その出向する学者にドーマーも加えてくれませんか?」

 ケンウッドとゴーンは顔を見合わせた。ドームの中でドーマー達はどんなに優秀でも「研究員」であって、「博士」ではない。それは彼等が大学で学位や博士号を取ることが出来ないからだ。ドームの中には世間で通用する資格を取れる学校がない。医療区と出産管理区で働く医学関係者のみが、医学博士の資格を取れるのだが、それは宇宙連邦政府から与えられる資格で、地球の政府が与えたものではない。勿論、ドームの外で医療行為を行えるが、免許はないから無償行為になる。
 ケンウッドは新たな課題が生じたことに気が付いた。

「ドーマーも地球の大学卒業資格を得られるように、外の政府と掛けあわねばならんなぁ。」