2021年3月20日土曜日

星空の下で     11

  ローガン・ハイネの怪我を月の地球人類復活委員会に報告する義務はなかったが、ケンウッドは進化型遺伝子の密輸と言う噂が気になったので、本部勤めをしている親友ヘンリー・パーシバルに連絡を取ってみた。パーシバルはそんな話はまだ月に届いていないと答えた。

「多分、中央アジア・ドームは密輸の事実を掴むかして確証を得るまでは、本部に報告したくないのだろう。」

と彼は考えを述べた。

「遺伝子バイヤーが中央アジア・ドームの担当地域だけに出没しているのであれば、やはり支局あたりからの情報流出があったと考えなきゃいけない。中央アジア・ドーム遺伝子管理局の大失態だ。」

 ケンウッドは考えたくなかったが、別の可能性も言ってみた。

「本部局員が流した可能性も考えられるだろう?」
「ドーマーが?」

 パーシバルがスクリーンの中で不機嫌な顔をした。

「ドーマーを天使のように愛している君がそんなことを考えるなんて・・・」
「私は別にドーマー達が天使だなんて思ってはいないよ、ヘンリー。彼等だって人間だ。ドームの外と自由に交流を持つようになってまだ数年しか経っていないが、金が物を言う世界を知るのは遅くないだろう。特に若い世代は新しい知識を貪欲に吸収するからね。」
「僕は支局が雇った民間人を疑ってみたのだがね。」

 パーシバルが溜め息をついた。ドーマーを愛することに関して、彼はケンウッドに勝るとも劣らない。ケンウッドは疑問に思っていたことを尋ねてみた。

「しかし、地球に来て買い漁るほど、進化型遺伝子は相場が上がっているのかね?」
「相場が上がったとは聞いていないよ。ただ、宇宙で進化型遺伝子保有者を探すより、地球で探す方が簡単なのさ。遺伝子管理局がしっかり地球人の遺伝子追跡を記録しているからね。」

 それに、とパーシバルが付け加えた。

「惑星開拓の移民を改良する以外にも遺伝子の使い道があるんだ。人間の進化型遺伝子を使ってある種のウイルスからワクチンを開発する研究が最近盛んになっている。ウィルスを変異させるから、かなり危険な研究なのだがね。」
「まさか、人間の居住コロニーで行なっているのじゃないだろうね?」
「僕が知る限りでは、それはない。小惑星や並走する宇宙ステーションに研究施設を持つ企業がやっているんだ。連邦政府は連中に研究過程を細かく報告させている。生物兵器を作られては困るから。企業の目的は、重力障害の予防薬だ。従来の薬は、重力障害を発症した人や、発症の恐れがある長期地球滞在者が毎日服用する物だ。僕も地球へ降りる時は欠かせない。だが、彼等が今研究しているのは、発症する前に服用して、それも数回の服用で効果が出るものを作り出すことだ。」
「それは、コロニー人の遺伝子の中の重力適応能力の部分を改良してしまう薬、と言うことかね?」
「そう言うことなんだろうなぁ。多分、地球でもコロニーでも自由に往来出来る適応能力を高める薬を作ろうとしているんだよ。」
「だが、遺伝子の密輸だ。まともな企業ではないのかも知れない。」
「そうかな・・・」

 パーシバルが苦笑した。

「地球人類復活委員会がドーマーの遺伝子を売る相場を知っているのかい? ニコ。」
「ドームの送電線の主軸ケーブル1キロメートル分の値段はするだろう。」

 ケンウッドがそう答えたのには理由があった。20年近く前、宇宙連邦軍がテロ組織の無人戦闘機を地球の成層圏で撃墜したことがあった。これは地球に不安を与えないよう、地球の全ての政府に送られた情報では「廃棄人工衛星の墜落」とされていた。その時、破壊された戦闘機の残骸が燃え尽きずに南北アメリカ大陸ドームの周辺に落下して、ドームの発電施設と周辺のドームシティに大きな被害を与えたのだ。宇宙軍はシティに損害賠償を支払ったが、ドームは資金不足を理由にケーブル代の立て替えを要請されてしまった。その時に支払ったのが、お金ではなく2人の若い健康なドーマーの精子だった。ケーブル代の債権を買い取った宇宙開拓事業団の希望だったのだ。

「送電ケーブル1キロメートル分・・・ね・・・」

 パーシバルがやれやれと首を振った。

「ドームで消費する電力を流すケーブルだ、絶対に安くない。製薬会社は研究費用にそんな金額を出せないだろう。だから、直接地球人と交渉して精子を売ってもらうんだ。密輸と言っても、連中には犯罪の意識はないんじゃないかな。」
「それじゃ、取り締まりは難しいだろうね。宇宙港でなくても離発着出来る航宙ボートの類なら地球上どこにでも降りられる。連中は堅気で犯罪者の意識がないから、多分見た目は上品で丁寧に売り手に接するだろう。」
「だからバイヤーを取り締まるのは捕まえないと無理だ。規制しても効果がない。中央アジアの遺伝子管理局がしっかり情報を守れなかった為に起きているんだろ。他のドームも支局の管理をしっかりやらなきゃ。」

 ケンウッドは支局の管理をしているのは局長第1秘書だったか、第2秘書だったかと考えた。そして現在はその役目が副局長に移っていることを思い出した。

「うちのドームの支局管理担当はネピア・ドーマーだ。超が付く堅物だから、大丈夫だと思うが・・・」