2021年3月29日月曜日

星空の下で     24

  クララ・ボーマン大統領は苦労人と呼ばれていた。彼女はハロルド・フラネリーが大統領を2期勤めた時、副大統領だった。当然フラネリーが引退すると次期大統領と目されていた。ところが、選挙運動中に息子が事故を起こし、事故処理の際に母親の名前を使った為にちょっとしたスキャンダルになってしまい、立候補を断念した。彼女はもっと若い頃にフラネリーとも候補の座を争ったのだ。その時は不運にも病気に罹ってしまい、治療の為に政界から一時期離れることになってしまった。現在の地位は、息子のスキャンダルが過去のこととして、そして彼女とは無関係と国民から判断され、彼女の代わりに立った同じ政党の候補を僅差で破った対立政党の大統領と争って勝ち取ったのだ。
 女性の大統領は彼女が初めてではない。しかし、ケンウッドがドーム長官になってからはずっと男性大統領が続いたので、面会してみると新鮮に思えた。ボーマンは、地球人の女性が全てコロニー人の卵子から作られたクローンだと聞かされて、ひどくショックを受けたし、動揺もした。だが、それが地球人とコロニー人の間に上下関係を生むことはなく、地球人に女性が生まれる目処が立ったことをケンウッドが辛抱強く丁寧に説明すると、この人類史上最大の秘密を守ることを誓った。
 彼女はケンウッドが気に入ったので、時々彼を朝食会に招いたり、大統領官邸で開かれる行事に出席を要請することもあった。だから、ケンウッドがドーマーの学位や博士号の取得について相談したいと連絡を取った時、彼女の母校である大学の大講義室での会見を提案してきた。ボーマン大統領は政治学博士だった。
 ケンウッドが護衛として保安課員アキ・サルバトーレと外での護衛経験は初めてのべサニー・ロッシーニを同伴して指定された日時に大講義室に行くと、そこではシークレットサービスに守られて大統領が学生達を前に講義をしているのだった。ケンウッドが最後列の空席に座ると、サルバトーレとべサニーはその後ろに立って警護に就いた。
 ドーム長官は行政の長であるが、ケンウッドの本業は遺伝子学者だ。政治学の講義は退屈で、ケンウッドは不覚にも居眠りをしてしまった。
 いきなり大きな拍手の音に彼はびっくりして目を覚ました。ボーマン大統領の特別講義が終わって学生達が拍手したのだ。ケンウッドは取り敢えず手を叩いて、周囲に合わせた。学生達がぞろぞろと講義室から出て行くのを、ボーマンが見送っている。彼女の側には側近と警護の人々が数人立っていた。
 ケンウッドは立ち上がり、手を挙げて見せた。側近が彼に気づき、ボーマンに耳打ちした。クララ・ボーマンが階段状の講義室の一番高い場所にいるケンウッドを見上げた。微笑みを浮かべ、彼女は側近に何か囁いた。そしてドーム長官に声をかけた。

「どうぞ、こちらへ!」

 ケンウッドは階段を降りて、大統領の側へ行った。彼に続いたサルバトーレとべサニーは大統領の警護官達と無言で挨拶を交わした。

「お忙しいところを面会許可下さって、有り難うございます。」

 ケンウッドが挨拶すると、ボーマンも返した。

「こちらこそ、お呼びだてして申し訳ありませんでした。明日から遠方へ出かける予定がありますもので。」

 外遊に出るのだ。その程度の情報は普通に公開されている。ケンウッドは無駄な挨拶で彼女の時間を取りたくなかったので、すぐに要件に入った。

「ドーム内の職員に学位を取らせたいのですが、時間を短縮出来る方法はありませんかな?」

 ボーマンは一瞬彼の言葉の意味を悟ろうと考え込む表情になった。ケンウッドはドーム内のドーマーの教育方法についてここで説明したくなかった。周囲には大勢の側近や護衛官がいるし、大学の職員もいる。ドーマーが特殊な育ち方をした人々だと知らない連中ばかりだ。
 ボーマンが側近達に「退がれ」と合図した。彼女の部下達は素早くケンウッドと彼女から距離を置いて離れた。サルバトーレとべサニーも距離を取ったが、大統領の部下達と彼らのボス達の中間に立った。

「学位を取らせたい職員とは?」

とボーマンが尋ねた。ケンウッドは簡単に答えた。

「ドーム内の研究所で働いてる人々です。科学者としての研究の実績と実力を持っていますが、ドーム内にはアメリカ合衆国の教育制度が適用されませんので、彼らは無資格で無学位です。しかし、これからは外の世界に復帰させてやらなければなりません。彼等が外でもドーム内と同等の働きが出来るように、学位と資格を与えてやりたいのです。ただ、時間はかけさせたくないのです。彼等は十分一人前ですから・・・」
「仰る意味はわかりました。」

 ボーマンがちょっと考え込んだ。

「どこかの大学から彼等に学位を与えさせよ、と?」
「ムシの良い要求だとは思いますが・・・」

 ケンウッドの言葉を彼女が片手を挙げて遮った。

「長官、コロニーでは彼等をどう見ているのです?」
「え?」
「地球人の科学者にコロニーは学位を与えないのですか?」
「そんなことはありません。医療区と出産管理区の医学博士は半数が地球人です。」
「では、他の部門もコロニーから学位を貰えば良いのでは?」
「彼等は地球人です。地球の教育機関から学位を与えてあげたい・・・」
「長官・・・」

 大統領がグッとケンウッドに顔を近づけた。

「そんなことにこだわっているのは、貴方だけではありませんか?」
「こだわる?」
「ええ、地球人だから地球の大学の学位を与える、コロニーの大学では駄目だ、と考えているのは、貴方だけなのでは?」
「いや・・・そんなことは・・・」
「コロニーの大学から学位をもらってから、ドームの外で働きながら地球の大学に論文を提出すれば、地球の大学も学位を与えるでしょう。コロニーの学位を持っていれば、地球上での学位を持っていなくても研究には参加出来ますよ。私は、遠回りだとは思いませんが。」

 ケンウッドは頭をポカリと叩かれた様な気分だった。地球だのコロニーだのとこだわっているのは、自分だけなのか? ドーマー達はどう思っているのだろう。
 兎に角、ボーマン大統領はドーマー達が正規の教育課程を経験していなくても学位を取れると教えてくれたのだ。そう言えば、市民にも学校に行かずに博士になった人が過去に何人もいたではないか。地球もコロニーも同じなのだ。

「どうも私は目の前のことしか見えていない様です。」

とケンウッドは素直に認めた。ボーマン大統領はニッコリ笑って、彼の手を取った。

「ドームの科学技術は現在の地球の技術より優れています。それを持って私達の社会に戻ってくるドーマー達を、私は楽しみに待っていますよ。」