2021年3月15日月曜日

星空の下で     7

 ふとセイヤーズが目を向けると、ケンウッド長官と視線がぶつかった。

ヤバ・・・長官を話題にしていることがわかったかな?

 目を逸らすのも失礼なのでニコッとして見せると、長官が端末を出して何か叩いた。するとセイヤーズの端末にメッセが入った。見ると長官からで、同席の許可を求めてきたのだった。セイヤーズはゴールドスミスに画面を見せた。ゴールドスミスは一瞬目を見張ったが、すぐに頷いて受け容れを示した。セイヤーズは長官に向き直り、笑って見せた。
 ケンウッド長官はトレイを持って移動して来て、ゴールドスミスの隣の席に着いた。

「折角の寛ぎ時間に割り込んですまないね。」

と気さくな長官が謝った。セイヤーズとゴールドスミスは銘々に首を振り、セイヤーズが言った。

「来月の長官のサンダーハウス訪問のヘリの手配を頼んでいたんですよ。」

 ゴールドスミスも頷いた。

「10日と13日は空いてますから、時刻が決まり次第教えて下さい。」
「有り難う。天候によるが、急ぐ用事ではないので朝が早いことはないと思うよ。」

 ケンウッドはテーブルの周囲にそっと目を走らせてから、さりげない風を装って囁いた。

「今日はハイネが世話になったね、ピーター。有り難う。」

 え? と言う表情をセイヤーズが見せた。まだゴールドスミスから午後の出来事を聞かされていないのだ。ケンウッドは彼が局長秘書であることを思い出した。彼には教えておいた方が良いだろう。黙っていてもこの男には服の上からでも他人の筋肉の動きがわかる。明日ハイネが職場に出勤したら歩き方で異常を察知する筈だ。

「お昼にハイネが怪我をしてね、ヤマザキ博士とここにいるピーターがアパートに救援に行ってくれたのだよ。」
「怪我?!」

 思わずセイヤーズは声を上げてしまい、慌ててナプキンで口元を抑えて食べ物が喉につかえて咳き込む芝居をやってのけた。周囲のテーブルにいた人々がチラリとこちらを見たが、すぐに関心を失って食事に戻った。
 ゴールドスミスがセイヤーズに囁いた。

「キッチンで足を滑らせて、骨折なさった。幸い綺麗な折れ方だったので、ヤマザキ博士の応急処置で歩けたんだ。今はアパートに戻っておられる。明日も普通に仕事が出来るそうだ。」
「なんでキッチンで・・・?」

 セイヤーズは自分で料理をする数少ないドーマーだ。局長が台所どころか家事一切の経験がない人であることぐらい知っていた。ケンウッド長官がちょっと笑うのを堪えた表情で説明した。

「慣れないクセに料理に挑戦して、油跳ねに驚いたんだそうだ。慌てたもんだから、フライパンをひっくり返すわ、油を溢すわ、で足を滑らせたんだよ。幸い無理に動かずにじっとして救護を待っていたので、応急処置で歩けるようになった。明日からの業務自体に影響はないが、休憩時間は静かにしているよう、秘書の君が見張っていてくれないかね。」
「わかりました。」

 セイヤーズは常に冷静で威風堂々としている局長が滑って転ぶ姿が想像出来なくて、ちょっと困惑した表情で応えた。

「私がここで初めて知ったと言うことは第1秘書のキンスキー・ドーマーも知らないと思って良いですか? 彼は必ず情報共有をしてくれるので、私に連絡がないと言うことは彼にまだ医療区から連絡がないと思って良いですね。」
「そうだね。もしかするとハイネ自身が連絡を忘れているのかも知れない。明日の朝に伝えれば良いと思っているのだろう。」

 ゴールドスミスがクスッと笑った。

「局長本人から言い出すのも気後れなさるかも知れません。今のうちにキンスキー・ドーマーに教えておいた方が良いと僕は思いますよ。秘書が医療区や長官から情報をもらったのであれば局長も文句言えないでしょうし。」

 そうだな、と長官と秘書が同意した時、当のアルジャーノン・キンスキーが食堂に入って来るのが見えた。セイヤーズは同席している二人に断って席をたつと、彼の方へ歩いて行った。