2018年12月21日金曜日

リンゼイ博士 2 1 - 3

 ケンウッドには、聞こえた話の内容がすぐに理解出来なかった。議場内の執政官達もシーンとなってハイネ局長の端末から聞こえる男性の声に耳を傾けている。
 ハイネが尋ねた。

「ラムゼイは殺されたのか?」
「わかりません。」

とニュカネン。

「トーラス野生動物保護団体の連中は事故だと言っていますが、クロエル・ドーマーとセイヤーズ・ドーマーは殺害されたと考えています。私は現場を見ていませんので、意見を差し控えます。」

 優等生らしい言葉だった。ハイネが再び質問した。

「ラムゼイが死ぬのを複数の人間が目撃したのだな?」
「はい。現場はトーラス野生動物保護団体ビルの来賓室です。団体の幹部役員数名とクロエル、セイヤーズ、それに死亡したラムゼイがいました。」
「怪我人は出なかったのか?」

 それはケンウッドもゴーンも聞きたかったことだ。大切なドーマー達に何か危害が及んだりしていないだろうか?
 ニュカネンは、怪我人はいないと答えた。

「詳細は警察の現場検証が終わってから報告します。」
「セイヤーズをドームに再収容する。今日中に送り返せ。」

 ハイネが執政官達の、と言うより、ケンウッドの意を汲んで命令した。承知しました、とニュカネンは応えた。

「クロエル・ドーマーにしっかり監視させて帰投させます。」

 ハイネがケンウッドを見た。何か現地に言うことはないか、と目で問いかけた。ケンウッドは小さく首を振った。今は事態をよく呑み込めていない。
 ハイネは端末の向こうの元ドーマーに言った。

「ラムゼイの部下は全員逮捕したと思われるが、残党がいる可能性もある。出張所の警戒を怠らぬようにしなさい。君と職員の家族も気をつけるように。」

 仕事の性質上、遺伝子管理局出張所は監視対象から逆恨みされることも考えられる。ニュカネンはその点において日頃から十分用心していた。それでも上司から気遣ってもらうと、この真面目な男は感激してしまった。声を震わせないよう努力しながら、彼は「わかりました」と応え、通話を終えた。
 ハイネの通話が終わると、議場内にザワザワと囁きが起こった。銘々がラムゼイの死に驚いていた。追い詰められた犯罪者が自死するならわかるが、何故殺人なのだ? クロエルがそう考えた根拠は? 
 ケンウッドはダルフーム博士を見た。老科学者は信じられないと何度も呟きながら、端末をいじっていた。ドームの外のニュースを探しているのだ。恐らくネットニュースには出ていない筈だ、とケンウッドは予想した。リュック・ニュカネンが重要な情報を軽々しく世間に公表すると思えない。トーラス野生動物保護団体も同様だ。ケンウッドは昔副長官時代に、レインとニュカネンと共にあのビルを訪ねたことがあった。ニュカネンはまだあの時は現役局員だった。団体は政界・経済界に所属する富豪達の趣味で設立されたもので、野生動物をクローン技術で復活させる事業を展開していた。

 ラムゼイが隠れ蓑にするのに都合の良い団体ではないか・・・

 そして悪名高いメーカーが自分達のビルで死亡したなどとスキャンダラスな話を巷に流す人々の団体ではない。
 議場内の私語が煩くなってきたので、ケンウッドは自分のマイクを叩いて出席者達を黙らせた。

「思いがけない知らせで我々は動揺してしまったようだね。何が起きたのかは、遺伝子管理局の報告を待つしか知りようがない。今日はここで閉会としよう。皆さん、ご苦労様でした。それぞれの研究に戻ってください。」