2018年12月12日水曜日

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 昼前の打ち合わせ会を珍しくハイネが欠席した。理由は「忙しいから」。ケンウッドは仕方なくゴーンと打ち合わせをして決定事項をハイネにメールしておいた。
 午後、ケンウッドは医療区の入院棟のあるフロアで、廊下を行ったり来たりしていた。近頃ドーマーたちが、もっと詳細に言うならば、遺伝子管理局で働くドーマーたちが彼の言うことを聞かなくなっている様な気がしてならなかった。彼の、ではなく、ドームの、と言った方が良いのかも知れない。コロニー人に対して地球人が反抗的になっているのだろうか。それともこれは只の彼のひがみで、本当は何もないのかも知れない。
 病室の一つからヤマザキ医療区長が出て来た。

「ケンさん、何をそわそわしているんだ? まるで細君の出産を待っている旦那みたいじゃないか。」

 変な例えでからかわれて、ケンウッドはムッとした。

「私は、ローガン・ハイネがダリル・セイヤーズを借り出したきり、返さないから苛立っているのだ。セイヤーズは、ポール・レイン救出と言う役目を果たした。もう帰って来ているはずなのに、まだ外に居る。私は彼にラムゼイ追跡を命じた覚えはない。」
「そうかね。だが、君はセイヤーズの性格を承知しているはずだが?」
「セイヤーズだけの問題ではない。ハイネが何故セイヤーズの勝手を許すのか、それが解せない。」
「それはハイネと直に話し合うことだな。それより、君はレインに面会するのか、しないのか? しないのだったら、レインにはまた睡眠薬を与えて眠らせておくが・・・」
「面会はする!」

 ケンウッドは医療区長の横をすり抜けて病室に入った。
 ベッドの上に、ポール・レイン・ドーマーが横たわっていた。腕や胸に端子を付けられ、機械に繋がれているが、目は開いていた。ケンウッドは機械の表示を見て、彼のバイタルが正常なことを確認した。正常だから面会許可が下りたのだが、自身の目で確認せずにはいられない性格だ。
 レインが小声で言った。

「残念ながら、生きていますが?」
「生きて帰ってきてくれて嬉しいよ。」
「抗原注射の効力切れで動けないだけです。どこも悪いところはないと言われました。」
「うん・・・」

 ケンウッドは用心深くレインの右手を握った。冷たい手だが、それは点滴のせいもあるだろう。レインが深い息を吐いた。ケンウッドが本当に彼の生還を喜んでいるのを感じて、ちょっと照れくさかったのだ。ケンウッドはそっと手を離した。

「メーカーどもに酷いことをされたりしなかったかね? 」

 ケンウッドは、この誇り高きドーマーがメーカーたちから屈辱的な扱いを受けたはずだと推測していた。レインには、『尻軽ポール』と言う渾名がある。執政官たちが誘うと拒まずに言うことを聞くからだ。しかし、彼の方からは絶対に媚びないし、服の下の肌には絶対に手を触れさせない。彼が接触テレパスであることは、ほとんどの人間は知らないのだ。彼は誇り高い態度でもって自身を守ってきた。
 何も知識を持たないメーカーたちが生け捕ったドーマーをどう扱ったのか、ケンウッドは容易に想像出来た。連中は汚い不潔な手でレインの肌を触りまくったはずだ。下品な想像をしながら彼の腕を掴んだだろう。実際には何もされなくても、精神的にレインは暴行を受けたのだ。
 レインは溜息をついた。小者たちの手から伝わった下品な思考は、執政官とそんなに変わりない次元のものだ。不潔だが、我慢出来たし、時間がたてば忘れることも出来る。しかし・・・
 彼はケンウッドの目を見上げた。そして囁くように告白した。

「ラムゼイの手が恐かったです。」