2018年12月29日土曜日

新生活 2 1 - 5

 翌朝、ハイネ局長が朝食を終えて遺伝子管理局本部局長執務室の自身の椅子に座った途端、端末にケンウッド長官から電話が入った。美味しい朝食の余韻に浸りたかったハイネは、電話に出た途端にケンウッドの怒りの声を聞いて、テンションが下がった。ケンウッドはおはようの挨拶もそこそこに、局長に長官執務室にすぐ出頭するようにと命じた。
 ハイネはコンピューターにその日処理しなければならない日課の件数を計算させ、必須課題である誕生者の登録と死亡者のデータ移動が終了する時刻を割り出した。

「11時を少し回ると思いますが・・・」
「私は、すぐ、と言ったのだよ、局長。」

 ケンウッドの声が苛ついて聞こえたので、ハイネは従順にその通りにするしか方法がないと悟った。すぐ行きます、と答えて通話を終えると、第一秘書に声をかけた。

「ネピア・ドーマー、申し訳ないが業務代行を頼む。」
「え?」

 ネピア・ドーマーは予定にないことを命じられるといつも一瞬パニックになる。ちゃんと仕事は出来るのだが、心の準備に数秒かかる男だ。ハイネは辛抱強く言った。

「長官がご機嫌斜めだ。すぐに中央研究所に行ってくる。」
「何故局長が呼ばれるのです?」
「知らんよ。」

 と言いはしたものの、ハイネはケンウッドの不機嫌の原因を察していた。
ネピア・ドーマーが自身のコンピュータで局長業務代行の準備を始めたので、ハイネは自分の方のファイルをネピアとの共有ファイルに移動させた。ネピア・ドーマーは誕生者の数が死亡者より多かったので、ホッとした。死亡者リストを扱うのは心理的に疲れるのだ。だから毎日文句を言わずにこの仕事を行う代々の遺伝子管理局長をドーマー達は尊敬する。
 ハイネは部屋を出ると足早に中央研究所に向かった。まだ若い部下達は食堂で打ち合わせを兼ねた朝食会の最中だろう。病棟から逃亡したポール・レイン・ドーマーはまだ休暇明けになっていない筈だが、あの男の性格できっと朝食会に出ているに違いない。
 ケンウッドの長官執務室に入ると、ラナ・ゴーン副長官もいた。彼女は端末の画面を見て笑っていたが、ケンウッドは苦虫を噛んだ様な顔をしていた。ハイネが朝の挨拶をして席に着くと、ゴーンが端末を差し出した。

「ご覧になりました?」
「何をです?」
「巷で噂のパパラッチサイトですわ。」

 ハイネが覗くと、そこには、夜の道を何かを警戒しながら歩く3人のドーマーが映し出されていた。
 題して、

ーーキエフにご用心! お忍びの我らがアイドルとその恋人、おまけクロエル先生

 レイン、セイヤーズ、それにクロエルの3人が夜食に出かけた様子を正体不明のパパラッチが撮影していた。
 ケンウッドが感情を抑えた声で尋ねた。

「ハイネ、君はレインが病室から逃げたことを知っていたかね?」