2018年12月16日日曜日

トラック    2  3 - 7

「おやおや、当ドームのコロニー人最高責任者と地球人最高責任者が、医療区の廊下で密談かね?」

 ヤマザキ・ケンタロウの陽気な声で、ケンウッドは現実に還った。ヤマザキは途中の病室から出て来たところで、その部屋は女性用である為に内部が見えない仕様になっていた。ケンウッドはちょっと気になった。

「誰が入院しているのかな?」
「クローン製造部のメイ・カーティス博士だよ。ちょっと体調を崩しただけで、病気とは言えないが、ここで休ませないとまた仕事に熱中するからな。」

 ああ、とケンウッドは首を振った。メイ・カーティスは昔恋愛騒動を起こしたことがあった。ドームで働くコロニー人は職場恋愛禁止なのだが、彼女は同僚の男性と交際を始めかけたことがあったのだ。彼女は職を失いたくなかったので、地球勤務の間は自重しようと相手に提案したのだが、男性側は結婚を急いだ。2人は口論となり、友人のドーマーを巻き込んでしまったので、執政官会議に掛けられてしまう騒動に発展した。彼女は一旦辞職願いを出し、男性も退職した。しかし彼女の地球人復活に関する研究意欲は衰えず、改めて再就職を希望し、相手の男性とも切れたことと熱意を認められて、極めて稀なケースではあったが、アメリカドームに復帰出来たのだ。それ以来、彼女は仕事に没頭した。上司のラナ・ゴーンが心配する程に時間を惜しんで丈夫な女の子のクローンを育てることに情熱を注いできた。そして、ゴーンの心配が現実になってしまったのだ。

「過労か?」
「うん。本人には無理していると言う意識がないから、困りものだ。」

 するとハイネが言った。

「友達を増やしてやれば良いでしょう。」
「それは私たちが押し付けられるものじゃないよ。」
「押し付けなくても、出来ますよ。」

 ハイネはそれ以上コロニー人の話題に興味がないのか、ヤマザキを見た。

「ところで、私はこれから夕食ですが、皆さんは?」
「僕もこれからだよ。」
「私もまだだ。」
「では、ご一緒しませんか?」
「いいね!」

 ハイネは端末をちらりと見た。時刻を確認したように見えたが、実際はニュカネンからメッセが入ったのだ。

ーークロエルとセイヤーズが戻りました。

 ハイネは端末をポケットにしまった。

「どちらの食堂にします?」
「いつもの場所でいいよ、ハイネ。女性を愛でながら食べる趣味はないから。」