ケンウッド長官は、やっとハイネの機嫌が直った気配を感じ、内心胸を撫で下ろした。遺伝子管理局長とドーム維持班総代を怒らせると、ドーム内の地球人全てを敵に回しかねない。
レインとセイヤーズを呼び出した用件が終わったので、彼等を帰そうと思った時、セイヤーズが質問してきた。
「長官、少しお時間を頂けますか? ラムゼイが亡くなる前にクロエルと私を相手に喋っていた内容で、気になることがあったのです。」
「何かね?」
ケンウッドは、ラムゼイと聞いて少し表情を硬くした。あの犯罪者がドーマーに何を吹き込んだのか、と心配になった。
「まず、ラムゼイが連れていた女性が1人いるのですが・・・」
「シェイだな?」
とレインが口をはさんだ。セイヤーズは頷いた。
「そう、シェイと呼ばれていました。ラムゼイがクローンを創る時に用いる卵子の提供者です。ジェネシスと言う役目ですよね? ラムゼイは彼女を金で買ったのだと言っていました。しかも、シェイはクローンではなく、コロニー人だと言うのです。」
「人身売買が行われていると言うのか?」
「恐らく、乳児の頃に売られてきたのでしょう。」
ラナ・ゴーンが不愉快そうな顔をした。女性や子供の人身売買はどの時代でも密かに行われている犯罪だ。どうして人間は欲望の為に同胞をモノ扱いするのだろう?
「コロニーでは、そう言う犯罪を取り締まる機関はないのですか? 何処かで子供が攫われて売られているのですよ。」
「セイヤーズ、コロニーにも警察はある。組織犯罪を捜査し、取り締まる機関もある。ただ、コロニーは現在24箇所もあるし、宇宙空間は広大で、全てを監視することは難しいのだ。我々地球上に居る者が、シェイの様な存在に早期に気づいて助け出すのが、今出来る最善策だ。そのシェイは今回保護出来なかったのだな?」
「はい。所在すら不明です。私は彼女を保護してやりたかったのですが、ラムゼイが死んでしまっては、手がかりすらありません。ラムゼイのシンパが彼女を証拠隠滅目的で殺害してしまわないかと心配なのです。」
「警察には言ったのか?」
「言いました。ただ、ジェネシスとかクローンの作り方とか話しても理解してもらえそうになかったので、シェイは重要証人なので緊急に保護が必要だとだけ伝えました。」
長官は頷いた。
「何度も言うようだが、遺伝子管理局は警察の仕事はしない。捜査や捜索は警察に任せておけ。女性が見つかったら連絡が入るはずだ。それまでは動くな。」
セイヤーズは内心不満だったが、長官の言葉は一理ある。素直に従うことにした。
「わかりました。大人しくしています。ところで、もう一つ、伺いたいことがあるのですが。」
「まだあるのか?」
「ラムゼイの爺さん、よく喋りましてね・・・爺さんの秘書のジェリー・パーカーの出自のことです。」
「ああ・・・あの男はクローンだと言うことでドームに送られて来たが、細胞を調べてもクローンとは思えないのだ。」
「本当ですか? ラムゼイは彼が創ったクローンだと言いましたが?」
「検査結果では、純粋な地球人だ。純粋過ぎる・・・」
「ラムゼイは、古代エジプト人のミイラからパーカーを創ったと言いました。」
ハイネ局長、ゴーン副長官、それにポール・レイン・ドーマーも、思わずセイヤーズを見た。レインが発言した。
「古代エジプト人のミイラとは、『死体クローン事件』で盗まれた細胞と言う意味か?」
セイヤーズは、ラムゼイが喋った言葉そのままを復唱して聞かせた。
「『ジェリーは火星にある人類博物館の赤ん坊のミイラから創った。死んだ細胞からクローンなど創れっこないとみんな思っていたらしいがな。ちゃんと赤ん坊になり、育った。古代のエジプト人そのままにだ。あれのDNAは、地球に異変が起きるより4000年も前のものだ。正常な人類のDNAだ。あれは女の子を創れる。』と、ラムゼイは言ったのです。」
ケンウッド長官は、自分が今馬鹿みたいに口を開いてセイヤーズを見つめていることを意識した。
「死体クローン事件」、それは50年前、宇宙船の事故で息子を失い、正気を失った執政官サタジット・ラムジーが起こした醜聞だった。死体からクローンを製造することは倫理的に、かつ民事法的に、固く法律で禁じられている。だがラムジーは、息子を蘇らせる方法を探り、警察の遺体安置所が保管する数体の人間の死体から細胞を盗み、ドームの研究室で培養してクローンを創ろうとした。
しかし、それは同僚達に知られることとなり、ラムジーは逮捕され、培養液の中の細胞は全て廃棄された。ラムジーは出身地のコロニーへ送還される直前、警備の虚を突いて逃走した。その時、彼はドームの外で密かに所有していた自宅から、予備として保管していた細胞を持ち出していた。以降、彼はラムゼイと呼ばれるメーカーとなって中西部の同業者達の上に君臨していたのだ。
「通常、エジプトのミイラは防腐処理などが為されており、被葬者のDNAは完全に破壊されている。それを復活させることは不可能だと考えられてきた。しかし、ラムジーが居たチームは、破壊されたDNAを復活させ、女の子誕生の研究に進展を与えようとしていた。ラムジーは、独自の計算でその微妙な薬品の配合と環境をはじき出した。
ジェリー・パーカーが、真、古代エジプト人の復活だとしたら、これはもの凄い発見だ。」
レインとセイヤーズを呼び出した用件が終わったので、彼等を帰そうと思った時、セイヤーズが質問してきた。
「長官、少しお時間を頂けますか? ラムゼイが亡くなる前にクロエルと私を相手に喋っていた内容で、気になることがあったのです。」
「何かね?」
ケンウッドは、ラムゼイと聞いて少し表情を硬くした。あの犯罪者がドーマーに何を吹き込んだのか、と心配になった。
「まず、ラムゼイが連れていた女性が1人いるのですが・・・」
「シェイだな?」
とレインが口をはさんだ。セイヤーズは頷いた。
「そう、シェイと呼ばれていました。ラムゼイがクローンを創る時に用いる卵子の提供者です。ジェネシスと言う役目ですよね? ラムゼイは彼女を金で買ったのだと言っていました。しかも、シェイはクローンではなく、コロニー人だと言うのです。」
「人身売買が行われていると言うのか?」
「恐らく、乳児の頃に売られてきたのでしょう。」
ラナ・ゴーンが不愉快そうな顔をした。女性や子供の人身売買はどの時代でも密かに行われている犯罪だ。どうして人間は欲望の為に同胞をモノ扱いするのだろう?
「コロニーでは、そう言う犯罪を取り締まる機関はないのですか? 何処かで子供が攫われて売られているのですよ。」
「セイヤーズ、コロニーにも警察はある。組織犯罪を捜査し、取り締まる機関もある。ただ、コロニーは現在24箇所もあるし、宇宙空間は広大で、全てを監視することは難しいのだ。我々地球上に居る者が、シェイの様な存在に早期に気づいて助け出すのが、今出来る最善策だ。そのシェイは今回保護出来なかったのだな?」
「はい。所在すら不明です。私は彼女を保護してやりたかったのですが、ラムゼイが死んでしまっては、手がかりすらありません。ラムゼイのシンパが彼女を証拠隠滅目的で殺害してしまわないかと心配なのです。」
「警察には言ったのか?」
「言いました。ただ、ジェネシスとかクローンの作り方とか話しても理解してもらえそうになかったので、シェイは重要証人なので緊急に保護が必要だとだけ伝えました。」
長官は頷いた。
「何度も言うようだが、遺伝子管理局は警察の仕事はしない。捜査や捜索は警察に任せておけ。女性が見つかったら連絡が入るはずだ。それまでは動くな。」
セイヤーズは内心不満だったが、長官の言葉は一理ある。素直に従うことにした。
「わかりました。大人しくしています。ところで、もう一つ、伺いたいことがあるのですが。」
「まだあるのか?」
「ラムゼイの爺さん、よく喋りましてね・・・爺さんの秘書のジェリー・パーカーの出自のことです。」
「ああ・・・あの男はクローンだと言うことでドームに送られて来たが、細胞を調べてもクローンとは思えないのだ。」
「本当ですか? ラムゼイは彼が創ったクローンだと言いましたが?」
「検査結果では、純粋な地球人だ。純粋過ぎる・・・」
「ラムゼイは、古代エジプト人のミイラからパーカーを創ったと言いました。」
ハイネ局長、ゴーン副長官、それにポール・レイン・ドーマーも、思わずセイヤーズを見た。レインが発言した。
「古代エジプト人のミイラとは、『死体クローン事件』で盗まれた細胞と言う意味か?」
セイヤーズは、ラムゼイが喋った言葉そのままを復唱して聞かせた。
「『ジェリーは火星にある人類博物館の赤ん坊のミイラから創った。死んだ細胞からクローンなど創れっこないとみんな思っていたらしいがな。ちゃんと赤ん坊になり、育った。古代のエジプト人そのままにだ。あれのDNAは、地球に異変が起きるより4000年も前のものだ。正常な人類のDNAだ。あれは女の子を創れる。』と、ラムゼイは言ったのです。」
ケンウッド長官は、自分が今馬鹿みたいに口を開いてセイヤーズを見つめていることを意識した。
「死体クローン事件」、それは50年前、宇宙船の事故で息子を失い、正気を失った執政官サタジット・ラムジーが起こした醜聞だった。死体からクローンを製造することは倫理的に、かつ民事法的に、固く法律で禁じられている。だがラムジーは、息子を蘇らせる方法を探り、警察の遺体安置所が保管する数体の人間の死体から細胞を盗み、ドームの研究室で培養してクローンを創ろうとした。
しかし、それは同僚達に知られることとなり、ラムジーは逮捕され、培養液の中の細胞は全て廃棄された。ラムジーは出身地のコロニーへ送還される直前、警備の虚を突いて逃走した。その時、彼はドームの外で密かに所有していた自宅から、予備として保管していた細胞を持ち出していた。以降、彼はラムゼイと呼ばれるメーカーとなって中西部の同業者達の上に君臨していたのだ。
「通常、エジプトのミイラは防腐処理などが為されており、被葬者のDNAは完全に破壊されている。それを復活させることは不可能だと考えられてきた。しかし、ラムジーが居たチームは、破壊されたDNAを復活させ、女の子誕生の研究に進展を与えようとしていた。ラムジーは、独自の計算でその微妙な薬品の配合と環境をはじき出した。
ジェリー・パーカーが、真、古代エジプト人の復活だとしたら、これはもの凄い発見だ。」