勿論、ハイネ局長がわざわざ医療区までケンウッドを追いかけて来た目的は、ドーマー達が万が一大統領の母親に失礼な振る舞いをした時に、庇ってやって欲しいと頼みに来たのだ。同時に、アーシュラが接触テレパスでドームの秘密を知っていることを承知しているので、彼女がドームに取り替え子で奪われた次男に会わせて欲しいと言う要求をして来ることも覚悟して欲しいと言いたかったのだ。アーシュラ・R・L・フラネリーは若い頃、夫が息子をドームに引き渡す約束をして自由を得たことを知り、次男が女の子と取り替えられたことを恨み、何度も返して欲しいと訴えてきた。その時代、ケンウッドはまだ火星で働いていたし、ハイネは遺伝子管理局内務捜査班の捜査官で、彼女に悩まされたのは先代の局長ランディ・マーカス・ドーマーであり、また当時の2代のドーム長官達だった。代替わりする時に、ハイネはマーカス・ドーマーから多くの注意事項の一つとしてアーシュラの問題を引き継いだ。その頃には、アーシュラは長男のハロルドと取り替え子の娘フランシスを育てるのに忙しく、訴えは忘れられていた。彼女は娘をきちんと実子として愛せたのだ。だが、やはり次男も欲しい・・・母親の欲だった。
「ドーマーと接触したら、レインの存在を思い出すだろうな・・・」
ケンウッドは憂鬱に感じた。我が子がどこかで生きていると知ったままで会えずに生きてきた母親の気持ちに同情を感じるが、それは地球人を絶やすまいと努力している地球人類復活委員会の人間としては、考えてはいけないことなのだ。
「レインの件は彼女から何か言ってくる迄、放置して良いでしょう。」
とハイネが言った。
「問題は、彼女がラムゼイとどんな関係があるのかと言うことです。セイヤーズから説明がある迄待たねばなりませんが、面倒なことにならねば良いのですがね。」
つまり、ハイネはアーシュラがラムゼイの支援者の一人だったら、と心配しているのだ。ケンウッドは時計を見た。そろそろ午後7時だ。
「普通は局員から報告書が届く頃合いだね? いや、通常はもう少し早い時刻だったかな。まだニュカネンから何も言ってこないのかね?」
「ニュカネンからですか?」
「彼がセイヤーズ達と別れたのは何時だ?」
「確か、昼前で・・・」
ハイネは端末を見た。その時、メールが着信した。
「噂をすれば・・・ニュカネンの報告書が届きました。」
ケンウッドはハイネがシェアしてくれたその報告書を大急ぎで開いた。生真面目なニュカネンらしく、仲間と別れてからの出来事を順番に丁寧に書いてあるが、セイヤーズもクロエルもアーシュラも登場しなかった。ニュカネンは、警察からDNA鑑定を依頼された身元不明者の遺体の鑑定結果と、その人物が遺体となって砂漠に転がっていた理由を書いていた。それを読んだケンウッドはびっくりした。思わずレインの病室の方向を振り返った。
「ハイネ、読んだか?」
「読みました。」
「ニュカネンが鑑定した遺体は、レインとキエフを拐おうとしたヘリコプターの操縦士だった!」
「ラムゼイに買収されていたタンブルウィード支局の雇われ操縦士でしたな。」
「ラムゼイに消されたのだろうか?」
「どうでしょう・・・もっと先まで読まれましたか?」
「否、まだ・・・」
「遺体はハイウェイ沿いの砂漠に捨てられていました。タンブルウィードからは遠く、ラムゼイのアジトからローズタウンへ向かうルートの途中です。ラムゼイの部下達が向かっていた道筋とは途中で分岐しています。昨日のクロエルと局員達の報告書では、彼等はジェリー・パーカーのトラック隊を待ち伏せ地点から追尾していましたから、ラムゼイの部下が一人でも隊から離れて行けば、警察が追跡した筈です。」
「つまり?」
「ヘリの操縦士は、ラムゼイとは無関係の人間に殺害された可能性もあると言うことです。」
ヘリの操縦士はレインに逃げられたことをラムゼイに非難され、報酬をもらえなかったので、逆恨みして途中のドライブインでトラック隊が休憩した時に、レインを襲ったのだ。偶然トラックに戻ってきたライサンダー・セイヤーズがそれを見つけ、大声を出したので、レインは危うく難を逃れた。操縦士は、ライサンダーが叫んだ「積荷泥棒!」の声を聞きつけた大勢のトラック野郎供に囲まれた。積荷泥棒は、トラック仲間にとっては天敵だ。天敵は排除される。集団リンチの結果、操縦士は落命して、捨てられたのだ。
ハイネもケンウッドもそこまでは想像が及ばなかった。ハイネはラムゼイとハリス支局長の繋がりを証言する人間が一人減ったなぁと思っただけだった。
ニュカネンの報告書は、出張所に帰り、クロエルが指揮していた北米南部班の部下達がドームに帰投するのを見送ったところで終わっていた。
ケンウッドが落胆した。
「セイヤーズは今夜も帰って来ないのか?」
ハイネが彼を見た。ちょっと面白がっている様にも見えた。
「まだ仕事中ですからね。」
と遺伝子管理局長は言った。
「ドーマーと接触したら、レインの存在を思い出すだろうな・・・」
ケンウッドは憂鬱に感じた。我が子がどこかで生きていると知ったままで会えずに生きてきた母親の気持ちに同情を感じるが、それは地球人を絶やすまいと努力している地球人類復活委員会の人間としては、考えてはいけないことなのだ。
「レインの件は彼女から何か言ってくる迄、放置して良いでしょう。」
とハイネが言った。
「問題は、彼女がラムゼイとどんな関係があるのかと言うことです。セイヤーズから説明がある迄待たねばなりませんが、面倒なことにならねば良いのですがね。」
つまり、ハイネはアーシュラがラムゼイの支援者の一人だったら、と心配しているのだ。ケンウッドは時計を見た。そろそろ午後7時だ。
「普通は局員から報告書が届く頃合いだね? いや、通常はもう少し早い時刻だったかな。まだニュカネンから何も言ってこないのかね?」
「ニュカネンからですか?」
「彼がセイヤーズ達と別れたのは何時だ?」
「確か、昼前で・・・」
ハイネは端末を見た。その時、メールが着信した。
「噂をすれば・・・ニュカネンの報告書が届きました。」
ケンウッドはハイネがシェアしてくれたその報告書を大急ぎで開いた。生真面目なニュカネンらしく、仲間と別れてからの出来事を順番に丁寧に書いてあるが、セイヤーズもクロエルもアーシュラも登場しなかった。ニュカネンは、警察からDNA鑑定を依頼された身元不明者の遺体の鑑定結果と、その人物が遺体となって砂漠に転がっていた理由を書いていた。それを読んだケンウッドはびっくりした。思わずレインの病室の方向を振り返った。
「ハイネ、読んだか?」
「読みました。」
「ニュカネンが鑑定した遺体は、レインとキエフを拐おうとしたヘリコプターの操縦士だった!」
「ラムゼイに買収されていたタンブルウィード支局の雇われ操縦士でしたな。」
「ラムゼイに消されたのだろうか?」
「どうでしょう・・・もっと先まで読まれましたか?」
「否、まだ・・・」
「遺体はハイウェイ沿いの砂漠に捨てられていました。タンブルウィードからは遠く、ラムゼイのアジトからローズタウンへ向かうルートの途中です。ラムゼイの部下達が向かっていた道筋とは途中で分岐しています。昨日のクロエルと局員達の報告書では、彼等はジェリー・パーカーのトラック隊を待ち伏せ地点から追尾していましたから、ラムゼイの部下が一人でも隊から離れて行けば、警察が追跡した筈です。」
「つまり?」
「ヘリの操縦士は、ラムゼイとは無関係の人間に殺害された可能性もあると言うことです。」
ヘリの操縦士はレインに逃げられたことをラムゼイに非難され、報酬をもらえなかったので、逆恨みして途中のドライブインでトラック隊が休憩した時に、レインを襲ったのだ。偶然トラックに戻ってきたライサンダー・セイヤーズがそれを見つけ、大声を出したので、レインは危うく難を逃れた。操縦士は、ライサンダーが叫んだ「積荷泥棒!」の声を聞きつけた大勢のトラック野郎供に囲まれた。積荷泥棒は、トラック仲間にとっては天敵だ。天敵は排除される。集団リンチの結果、操縦士は落命して、捨てられたのだ。
ハイネもケンウッドもそこまでは想像が及ばなかった。ハイネはラムゼイとハリス支局長の繋がりを証言する人間が一人減ったなぁと思っただけだった。
ニュカネンの報告書は、出張所に帰り、クロエルが指揮していた北米南部班の部下達がドームに帰投するのを見送ったところで終わっていた。
ケンウッドが落胆した。
「セイヤーズは今夜も帰って来ないのか?」
ハイネが彼を見た。ちょっと面白がっている様にも見えた。
「まだ仕事中ですからね。」
と遺伝子管理局長は言った。