2018年12月30日日曜日

新生活 2 1 - 7

 絶対にハイネ局長は腹を立てている、とケンウッド長官もゴーン副長官も確信した。ハイネは無言で端末を出し、レインの端末に電話をかけた。レインは直ぐに出たようだ。ハイネは一言命じた。

「長官執務室にセイヤーズを伴って直ぐに来い。」

 普段の彼なら部下に対して命令口調で話しかけない。「〜してくれないか」と言う優しい言い回しを使うのだ。ケンウッドは老ドーマーを宥める言葉を探したが、なかなか見つけられなかった。ハイネは電話を終えると黙って端末をポケットに仕舞い、無言で座っていた。日課で忙しい午前中に呼び出された時点で腹を立てているのだ。彼にとっては堅物のネピア・ドーマーも早食いのキンスキー・ドーマーも可愛い部下だ。長官の急な局長呼び出しでその可愛い部下が迷惑するのも、ハイネは嫌なのだ。局長を宥められないので、ケンウッドも不機嫌なまま、3人のドーム幹部は座っていた。
 最高幹部からの呼び出しに大急ぎでレインとセイヤーズが長官執務室に現れたのは10分過ぎてからだった。2人の若いドーマーが入室して挨拶すると、彼等は返事をして、座れと指示した。ケンウッドが口を開いた。

「レイン、医師の許可もなく医療区から逃げ出すとは何事だ?」

 なんだ、そんなことで呼び出すのか? と言いたげにポール・レイン・ドーマーは肩をすくめて見せた。

「どこも悪くないと言われましたし、治療らしきものも全部終わりましたから、仕事に復帰しただけです。」

 ケンウッドはハイネ局長を見た。局長も肩をすくめた。

「健康で仕事をしたがっている人間に何もさせないのは酷でしょう?」

 セイヤーズはラナ・ゴーンが顔を俯けたのを見た。笑いを堪えているのだ、きっと。
ケンウッドは、レインにこれからは医師の指示に従えと言った。それから、今度は矛先をセイヤーズに向けた。

「君はレイン救出を終えたのに、すぐに帰投しなかったな?」
「ラムゼイを逮捕したかったので、残りました。」

セイヤーズは、自分達が出頭する前にハイネ局長も搾られたのだろうと見当した。局長がどんな言い訳でかばってくれたのかわからないので、正直に説明することにした。

「ラムゼイの部下はクロエル・ドーマーがほぼ一網打尽にしましたので、後は爺様1人を捕まえれば終わりだと思ったのです。セント・アイブスの街に潜んでいるに違いないと、捜査したら、案の定、彼はシンパに匿われていました。逮捕しようとしたのですが、彼が使用していた重力サスペンダーに不具合が起きて、彼は我々の目の前で事故死しました。」
「不具合?」
「恐らく、何者かが、彼の重力サスペンダーのモーター部分に細工をしたと思われます。現在、セント・アイブス警察が調べているはずです。」
「君は、ラムゼイの事故は殺人だと思うのだな?」
「そうです。出来れば、現場に残って捜査に加わりたいのですが・・・」
「それは警察の仕事で遺伝子管理局の仕事ではない。」

 ケンウッドがぴしゃりと言った。セイヤーズはそう言われるだろうと予想していたので、口を閉じた。あまり逆らって執政官を怒らせるのは、こちらの得にはならない、とドーマーらしく考えた。
 ケンウッドは小さく溜息をついて、局長に向き直った。

「ハイネ、何故セイヤーズは君の所にいるのかな? 研究所に戻してくれないのか?」

 レインがどきりとして顔を長官に向けた。ラナ・ゴーンは彼の心が読めた。また恋人を取り上げるつもりか、と彼は目で訴えているのだ。
 ハイネ局長が、それまでずっと隠し持っていた切り札を出してきた。

「長官、貴方もセイヤーズが一ヶ月以上前に戻ったことを西ユーラシア・ドームに連絡していらっしゃいませんよね? セイヤーズは逃げた時、西ユーラシアの所属でしたよ。」

 老練なドーマーはケンウッド長官の痛いところを見事に突いた。アメリカ・ドームは、西ユーラシア・ドームが所有権を持つドーマーで子供を創っているのだ。西ユーラシア・ドームがこの事実を知ったら、気まずいことになるだろう。ダリル・セイヤーズを返せと言ってくるに違いない。さらに悪いことには、ポール・レイン・ドーマーは40歳を過ぎているので、帰属するドームを自身で選択する権利を獲得しているのだ。セイヤーズが脱走していた18年を差し引かれてまだ選択権を得ていないので西ユーラシアへ送還されれば、レインは追いかけて行ける訳だ。アメリカ・ドームには、本人には教えていないが、レインを手放せない訳がある。

「ドーマーに脅迫されるとは、予想だにしなかったよ。」

とケンウッド長官が憮然とした表情で言うと、ハイネ局長がすみませんと謝った。

「しかし、私はここで育った子供達を手放したくないし、セイヤーズは種馬じゃありません。普通に仕事をさせてやって下さい。子孫を創る手伝いでしたら、いつでも必要な時に呼べばそれで宜しいではありませんか?」
「長官・・・」

とラナ・ゴーンが初めて発言した。

「ハイネ局長は正しいですよ。それに、西ユーラシアとは早期に決着をつけるべきです。」
「わかった。」

ケンウッドは話のわかる男だ。彼は頷いた。

「西ユーラシアと交渉しよう。向こうにはセイヤーズの他にも進化型1級遺伝子保有者が数名いるはずだ。同じ様に女子を創れる男がいても可笑しくない。共同研究を提案してみる。」