2018年12月31日月曜日

新生活 2 2 - 1

 セイヤーズを帰して、ケンウッドはハイネにも「ご苦労さん」と言うつもりで振り返った。するとハイネ局長は何か物思いをする表情で宙を眺めていた。

「ハイネ?」

 声を掛けると、遺伝子管理局長は、ゆっくりと視線を長官に向けた。

「長官、私は貴方に謝らなければなりません。」
「何をだね?」

 まさか先刻の不機嫌を謝罪すると言うのか? ケンウッドが怪訝な表情をすると、ハイネはまさかの爆弾発言をした。

「50年前、サタジット・ラムジー博士が火星の地球人類博物館から盗み出したのは、氷漬けの赤ん坊の細胞ではありませんでした。」
「はぁ?」
「当時、このドームへ捜査の為にやって来た宇宙連邦警察の刑事がいました。」
「ああ・・・確か、キーラがまだ警察官で、彼女がその刑事に伴われて初めて地球へ来たのだったな?」
「彼女のことはこの際脇に置いて下さい。」

 ローガン・ハイネはドーマーだ。娘への郷愁など仕事の重要性から考えると二の次にしてしまう。

「あの刑事に私は硬く口止めされました。真実を誰にも語るなと。恐らくキーラも知らない筈です。地球上で事実を知っているのは私一人です。」
「一体、何のことだ?」
「ラムジーが盗んだものの正体です。」

 ハイネは溜息をついた。

「私は火星の博物館がどんな場所か知りませんし、展示物も知りません。ですが、そこに展示されている氷漬けの赤ん坊は、レプリカだそうです。」
「ええっ?!」

 ケンウッドは仰天した。宇宙の各コロニーから毎日大勢の見学者が来て、まるで生きているかの様な赤ん坊の遺体を氷越しに見物して感動している・・・それがレプリカだと言うのか? 確かに本物そっくりの人間のレプリカを作るのは簡単だ。クローン製造より簡単だ。しかし・・・

「ラムジーはレプリカの細胞を盗んだのか?」
「いいえ。彼は赤ん坊そのものを盗んだのです。事件が発覚する40日も前に。」

 今度は仰天よりも頭の中が真っ白になってしまった感覚だった。

「ラムジーは氷漬けの赤ん坊の遺体を盗んで地球に運んだのか? 有り得ない! 地球に持ち込まれる貨物はどれも厳しい検査を受ける。」
「それが氷漬けの赤ん坊の遺体だったら、地球に入る前に火星で捕まったでしょう。しかし、生きている赤ん坊だったら?」
「生きているって・・・」

 ケンウッドは重大な事実を思い当たった。

「ラムジーは氷漬けの赤ん坊を蘇生させたのか!」
「恐らく、コールドスリープに似た状態で4000年間、赤ん坊は眠っていたのでしょう。本当の意味では死んではいなかったのです。ですから、蘇生させた赤ん坊をラムジーは地球に連れて来た。彼が赤ん坊を連れて火星を出て、地球に入った記録があったそうです。赤ん坊を連れて地球を旅行するのは違反ではありません。ただ居住は認められない。
しかし・・・」
「ドーム勤務の学者の子供なら、医療体制が整っているから短期滞在の認可が降りる・・・赤ん坊の身分を偽造したのか。」

 ケンウッドはハイネを見つめた。

「その赤ん坊が・・・」

 ハイネが大きく頷いた。

「恐らく、ジェリー・パーカーです。人類のオリジンですよ、長官。」