2018年12月27日木曜日

新生活 2 1 - 4

 ケンウッド長官に研究室に戻る時間があるだろうか、とハイネが考えていると、彼とアイダのテーブルに向かって足早に近づいて来る人物がいた。アイダが先に気づいて相手に声をかけた。

「こんばんは、ケンタロウ。どうなさったの、そんな怖い顔をして・・・」

 ハイネも顔をそちらへ向けた。口をへの字に曲げたヤマザキ・ケンタロウが彼等のテーブルの横に立った。ヤァ、と彼はドーマーと執政官の夫婦に声を掛けた。

「ハイネ、レインが君の所に来なかったか?」
「レインが?」

 ハイネはキョトンとした表情で医師を見上げた。

「彼は貴方の監視下で入院している筈ですが?」

 アイダが事態を察してクスリと笑った。

「逃げられたのですね?」
「ああ・・・忌々しいドーマーめ。」

 ヤマザキは本心では憎んでもいない相手に対して悪口を述べた。

「どうして明日の朝迄待てないんだ? 執政官がゆっくり寝ていろと言っているのに、ワグナーに服を持って来させて着替えてさっさと出て行きやがった。」
「ドームの中にいますよ。」

 ハイネはお気楽な口調で言った。

「探さなくても向こうから現れますって。それより、このチーズビスケットは味見されましたか? 美味いですよ。」
「ハイネ・・・それは食事なのか、デザートなのか?」

 ハイネの皿にはビスケットがこんもりと山になって盛られていた。アイダが苦笑しながら説明した。

「後でテイクアウトなさるのよ。アパートに持ち帰るのですって。」
「アパート?」

 ヤマザキはポンっと手を打った。

「そうか、レインはアパートに帰ったんだな! あの男は滅多に自分のアパートに帰らないから、探す場所として考えていなかった。」
「アパートにいるのでしたら、そこで寝かせてやれば良いでしょう?」
「うん、そうだな。何処にいてもドームの中なら安心だ。寝てくれれば、それで良い。」

 ヤマザキはハイネのビスケットを一つ取って自分の口に放り込んだ。
 ハイネは黙っていた。レインのアパートにセイヤーズを入れてやったことを。