回廊の半ばまで来た時、前方から輸送班のエアスレーの音が聞こえてきた。物資を出産区に搬入するのだ。出産区はドームの面積の8割を占め、南北両大陸からやって来た女性達がお産をする為に滞在する施設だ。外から仕入れる食料品や物資は出産区に隣接する庶務班本部で消毒したり検査されるが、宇宙から輸入される薬剤や機材は一端中央研究所に運ばれ、そこで安全性を確認されてから出産区へ納入される。また出産区で働いているドーマー達の日用品も居住区から運ばれる。
出産区で働くドーマーは実は一番人数が多くて女性達の世話をして一生を過ごす。彼等は当然男なので、女性に興味を持たないよう、ホルモンコントロールが為されている。つまり、女性化させられているのだ。見た目は男だが男の闘争心は薄く、性欲も抑制されている。しかし男としての自覚はあるので、執政官達は彼等の管理に神経を使う。世話をする女性達とは決して私語を交わしてはならない、身体に触れてはならない、人目につかない場所で2人きりにならない、等だ。
エアスレーの操縦士は出産区のドーマー達から見ると「男らしい」人に見えるらしく、かなりファンがいる。操縦士達もそれを意識しているので、出来るだけ格好良く見せようと努力する。
ハイネとキーラが歩いている所に近づいて来たエアスレーの操縦士は青い制服の上に袖無しの黒いレザーヴェストを着用して、同じ素材の帽子を斜に被っていた。彼はスピードを出して滑空していたが、向かいから来る人物に気が付くと速度を弛めた。拙い相手に出会した、と思ったのだ。遺伝子管理局長と出産管理区長だ。特に出産管理区長は「女帝」と徒名されるほど力を持っていて、怒ると恐い。そして何よりも彼女はドーマー達の誕生の時に取り上げた人なのだ。30歳以下のドーマーの7割にとって彼女は「母」の様な存在だった。
ハイネはエアスレーが制限速度を超えていたことを知っていたが、速度を落としたので大目に見てやることにした。しかしキーラは見逃せないと思った。すれ違いざま、「こらっ!」と怒って見せた。
「こんな狭い場所でスピードを出さないの! 壁にぶつかったら怪我で済まないのよ!」
「ごめんなさい!」
若者は大声で謝りながら走り去って行った。その後ろ姿を見送って、キーラはハイネに向き直った。ハイネがクスクス笑っているのに気が付いた。
「何ですの?」
「別に・・・」
ハイネはキーラが母親になって子供を叱っている姿を想像してしまったのだが、口に出さなかった。キーラは訝しげに彼を見上げ、再び歩き出した。
手は繋いだままだった。彼女は父親の大きな手の温かさを感じていた。
出産区で働くドーマーは実は一番人数が多くて女性達の世話をして一生を過ごす。彼等は当然男なので、女性に興味を持たないよう、ホルモンコントロールが為されている。つまり、女性化させられているのだ。見た目は男だが男の闘争心は薄く、性欲も抑制されている。しかし男としての自覚はあるので、執政官達は彼等の管理に神経を使う。世話をする女性達とは決して私語を交わしてはならない、身体に触れてはならない、人目につかない場所で2人きりにならない、等だ。
エアスレーの操縦士は出産区のドーマー達から見ると「男らしい」人に見えるらしく、かなりファンがいる。操縦士達もそれを意識しているので、出来るだけ格好良く見せようと努力する。
ハイネとキーラが歩いている所に近づいて来たエアスレーの操縦士は青い制服の上に袖無しの黒いレザーヴェストを着用して、同じ素材の帽子を斜に被っていた。彼はスピードを出して滑空していたが、向かいから来る人物に気が付くと速度を弛めた。拙い相手に出会した、と思ったのだ。遺伝子管理局長と出産管理区長だ。特に出産管理区長は「女帝」と徒名されるほど力を持っていて、怒ると恐い。そして何よりも彼女はドーマー達の誕生の時に取り上げた人なのだ。30歳以下のドーマーの7割にとって彼女は「母」の様な存在だった。
ハイネはエアスレーが制限速度を超えていたことを知っていたが、速度を落としたので大目に見てやることにした。しかしキーラは見逃せないと思った。すれ違いざま、「こらっ!」と怒って見せた。
「こんな狭い場所でスピードを出さないの! 壁にぶつかったら怪我で済まないのよ!」
「ごめんなさい!」
若者は大声で謝りながら走り去って行った。その後ろ姿を見送って、キーラはハイネに向き直った。ハイネがクスクス笑っているのに気が付いた。
「何ですの?」
「別に・・・」
ハイネはキーラが母親になって子供を叱っている姿を想像してしまったのだが、口に出さなかった。キーラは訝しげに彼を見上げ、再び歩き出した。
手は繋いだままだった。彼女は父親の大きな手の温かさを感じていた。