2017年11月4日土曜日

退出者 3 - 6

 トーラス野生動物保護団体は大きなビルで、地上1,2階は一般用の博物館を兼ねていた。生きた小動物や大型動物の剥製などを展示しているのだ。動物たちの生態の解説や、彼等をどんな方法で復活させたかなど、クローニングの技術を素人向けに簡単に説明するコーナーもある。上階は研究室や会員のサロンとなっていて、ケンウッドと2人の若い局員は来賓室に案内された。

「我々の研究対象は大異変発生当時の野生動物です。マンモスを復活させようなんて魂胆はありませんから、ご安心を。」

と理事長が冗談を言うと、ケンウッドも

「マンモスぐらいなら目を瞑りますが、Tレックスなどは御免被りますよ。」

と言って理事達を笑わせた。彼等は初対面の人間ばかりだったが、地球の社会事情に疎いコロニー人でも知っている名の通った企業の経営者や幹部役員達だった。個人名でも知ってる人物が数名いて、ケンウッドは初めて会った様な気がしなかった。相手の方もドーム幹部の名はそれなりに知っているのだ。何しろ全地球人が誕生する場所を管理しているコロニー人だ。地球の指導者達はその名と顔を知っている。

「ケンウッド博士は皮膚の老化の研究をなさっていらっしゃるとお聞きしましたわ。」

と中年の女性が声をかけてきた。ケンウッドの知らない人物だったので、名前を尋ねると、セント・アイブス・メディカル・カレッジの医学部で研究をしているミナ・アン・ダウン教授だと答えた。

「夫がここの理事をしておりますの。今日は用事で来られないのですけど、私に代理で挨拶をしてこいと申しますもので、こうして参りました。」

 昨日の大学訪問では出会わなかった学者だな、とケンウッドはぼんやりと思った。
 トーラス野生動物保護団体には挨拶だけの目的で来たので、その後は理事長の案内で博物館を見学して1時間ほどで辞した。
 車に戻ってから、レインにダウン教授は昨日大学に居なかったね、と言うと、レインはちょっと考えた。

「あの教授は遺伝子学者でしたかね? 俺の記憶にはないのですが・・・」

 ニュカネンが端末で検索した。

「化粧品の研究をしているみたいですよ・・・老化現象阻止のクリーム開発に情熱を注いでいると、学生のサイトに紹介されています。」
「ああ・・・それで私の研究に興味を持ってこちらへ来たのか・・・」
「名前を博士に売り込むのが目的でしょう。」

 3人はそれきりミナ・アン・ダウン教授のことを忘れた。