午後8時、中央研究所の食堂でキーラ・セドウィック博士の送別会が開かれた。参加者はあらかじめ出産管理区スタッフとドーム幹部のみと限定されていたので、1年前のパーシバル博士の送別会とは違って、ささやかではあるが身内だけの気安さがある宴となった。キーラは出席者一人一人に挨拶をして廻ったが、そのうちに友人で出産管理区副区長のアイダ・サヤカ博士に引っ張られて中座した。それで参加者の相手は、婚約者のヘンリー・パーシバルの役目になった。
「主役が姿を消すなんて、客に失礼じゃないか?」
とパーシバルは言ったが、怒っているのではなかった。女性には女性の都合があるのだろう、と思ったのだ。彼自身の送別会の時は、出産管理区のスタッフはキーラも含めて難産の妊婦の世話で出席出来なかったのだ。それに比べれば、数10分の中座など可愛いものだ、と彼は思った。
ドーム幹部の中には勿論ドーマー達もいて、ハイネやワッツ達長老級のドーマーの偉いさん達が長官と話をしたりしていたが、そのうち彼等は食堂の隅に集まった。何やらゴソゴソと動き回り、やがて彼等はギターやらサックスやらドラムを出してセッティングした。
「あれ? 解散したはずのザ・クレスツじゃないか?」
パーシバルはちょっと驚いてそばにいる親友のケンウッドを振り返った。そしてもう1人の親友の姿が見えないことに気がついた。
「ニコ、ケンタロウは何処へ行ったんだ?」
「さて・・・何処かなぁ?」
その時、ザ・クレスツが演奏を始めた。エルッキ・メラルティン作曲の「ウェディングマーチ」だ。
(註・エルッキ・メラルティン 1875–1937 フィンランド)
女性達が入口を見て声を上げた。
「来たわ!」
男達がそちらを向くと、白いパンツドレスを着たキーラ・セドウィックがヤマザキ・ケンタロウに導かれて食堂に入って来るところだった。白いベールを被って、手には白い花のブーケを持っていた。2人の後ろからアイダ博士がついて来る。キーラとヤマザキはドーマー達が演奏するウェディングマーチに歩調を合わせてパーシバルの前までやって来た。
びっくりしているパーシバルに、横にいたケンウッドがビロードの小箱を渡した。
「指輪だよ、ヘンリー。ワッツが作ってくれたんだ。」
ベールの内側でキーラが頰を赤く染めて言い訳した。
「いきなりドレスを着せられて、こんな格好で・・・」
「父親でなくてごめんな。」
とヤマザキが苦笑しながら言った。
「あの御仁がどうしても承知しなくてさ・・・」
彼が顎で指した方向では、白い髪のギターリストが演奏に精をだしていた。
そう言えば、今夜のザ・クレスツは全員素顔だった。髪も鶏冠ではなく普段のスタイルのままで、顔も白塗りではなく素のままだ。衣装だけが白いスーツだ。
「あれで良いのよ。」
とキーラが言った。
「私は彼にドーマーらしくいてもらいたいの。だって、ここはドーマー達の世界なんですもの。」
「主役が姿を消すなんて、客に失礼じゃないか?」
とパーシバルは言ったが、怒っているのではなかった。女性には女性の都合があるのだろう、と思ったのだ。彼自身の送別会の時は、出産管理区のスタッフはキーラも含めて難産の妊婦の世話で出席出来なかったのだ。それに比べれば、数10分の中座など可愛いものだ、と彼は思った。
ドーム幹部の中には勿論ドーマー達もいて、ハイネやワッツ達長老級のドーマーの偉いさん達が長官と話をしたりしていたが、そのうち彼等は食堂の隅に集まった。何やらゴソゴソと動き回り、やがて彼等はギターやらサックスやらドラムを出してセッティングした。
「あれ? 解散したはずのザ・クレスツじゃないか?」
パーシバルはちょっと驚いてそばにいる親友のケンウッドを振り返った。そしてもう1人の親友の姿が見えないことに気がついた。
「ニコ、ケンタロウは何処へ行ったんだ?」
「さて・・・何処かなぁ?」
その時、ザ・クレスツが演奏を始めた。エルッキ・メラルティン作曲の「ウェディングマーチ」だ。
(註・エルッキ・メラルティン 1875–1937 フィンランド)
女性達が入口を見て声を上げた。
「来たわ!」
男達がそちらを向くと、白いパンツドレスを着たキーラ・セドウィックがヤマザキ・ケンタロウに導かれて食堂に入って来るところだった。白いベールを被って、手には白い花のブーケを持っていた。2人の後ろからアイダ博士がついて来る。キーラとヤマザキはドーマー達が演奏するウェディングマーチに歩調を合わせてパーシバルの前までやって来た。
びっくりしているパーシバルに、横にいたケンウッドがビロードの小箱を渡した。
「指輪だよ、ヘンリー。ワッツが作ってくれたんだ。」
ベールの内側でキーラが頰を赤く染めて言い訳した。
「いきなりドレスを着せられて、こんな格好で・・・」
「父親でなくてごめんな。」
とヤマザキが苦笑しながら言った。
「あの御仁がどうしても承知しなくてさ・・・」
彼が顎で指した方向では、白い髪のギターリストが演奏に精をだしていた。
そう言えば、今夜のザ・クレスツは全員素顔だった。髪も鶏冠ではなく普段のスタイルのままで、顔も白塗りではなく素のままだ。衣装だけが白いスーツだ。
「あれで良いのよ。」
とキーラが言った。
「私は彼にドーマーらしくいてもらいたいの。だって、ここはドーマー達の世界なんですもの。」