2017年11月19日日曜日

退出者 6 - 8

 翌朝、執政官達は普段通り食堂で朝食を摂った。しかし中央研究所に入るとロッカーで各自の祖先の文化に習って喪の服装に着替え、地下通路を通って「黄昏の家」へ移動して行った。
 その様子を目にしたドーマーの職員や助手達が情報を仲間に拡散した。

 「黄昏の家」から旅立った人がいる

 ドーマー達はそれぞれの職場で「黄昏の家」がある方角に向かって黙祷し、祈った。誰が旅立ったのか、それは問題ではなかった。地球の為に一生を捧げたドーマーが1人、役目を終えて地球の土に還って行ったのだ。それ以上、何があると言うのだろう?

 昼前に、ドームは通常の業務に戻った。リプリー長官もケンウッド副長官も書類仕事に追われ、特にリプリー長官は月の地球人類復活委員会執行部本部にランディ・マーカス・ドーマーの訃報を通知して葬儀が無事に終了した報告を行った。
 ハレンバーグ委員長は、ドーマー達に不幸を教えていないことを何度も確かめた。リプリー長官はドーマーが仲間の死を知ることが何故いけないのか疑問に思いながらも、教えていません、と断言した。
 ロッシーニ・ドーマーは耳が聞こえないふりをした。中央研究所のドーマー達は何も気が付かなかったふりをした。ドームの他の部署のドーマー達も平然と日常業務をこなした。
 ケンウッドは一睡もしていなかったが、アパートに帰って出来るだけ身綺麗にしてから昼食に出た。疲れたので中央研究所の食堂にしたのだが、そこにハイネ局長がやって来た。

「腕の具合はいかがです?」

とハイネが何事もなかったふりをして尋ねた。ケンウッドは彼が15代目逝去を知らないことにホッとして、笑顔を作って見せた。

「今日はもう痛みも和らいで、1人でトレイを持てるんだ。心配してくれて有り難う。」

 ハイネは彼の目元の隈に気が付いたが、言及を避けた。向かい合ってテーブルに着くと、昨夜の会議の話を始めた。
 出張所を開設する案を、ケンウッドは疲れた頭でなんとか理解した。そして治安を守る以外の意味をさらに理解した。

「出張所設置の費用を出せと言うのだね?」
「ドーマーの所持金では絶対に無理ですから。」
「しかし、財務部が何と言うか・・・」
「ですから、中古住宅やビルなどの物件を探せと班チーフに言ってあります。」

 浮き世離れした容姿のローガン・ハイネが中古物件や不動産の話をするのは、なんとも滑稽に思えた。

「出張所の人員は何名置くのかね?」
「1人です。」
「1人?! しかし・・・」
「ドーマー、又は元ドーマーを1人、彼が手足として使う現地の人間を何人雇うかは、予算次第です。安全の為にも被雇用者は10名欲しいですね。」
「その人件費もドームが出すのだな?」
「出張所が副業をしてもよろしいのであれば、少しは節約出来るかと。」
「副業? ドーマーに商売をさせるのか?」
「いけませんか? ドーム内の薬草育成施設で収穫したハーブから薬品や香料を製造しているでしょう? 宇宙に販売しないで地球で販売して下さい。」

 ハイネの口から金儲けの話が出るとは思わなかった。ケンウッドの頭から今朝の葬儀の思い出が吹っ飛んだ。

「ドーム製の薬品や香料はコロニーで高く売れるんだよ。貴重な収入源だ。」
「あれっぽっちの量でドームを養っているとは思えません。」

 ケンウッドはドキリとした。地球人類復活委員会には、もっと高価で売れる収入源があるのだが、それは口が裂けてもドーマーに教えられなかった。

「ドームを養えなくても、出張所経営の足しにはなるはずです。」

 ケンウッドは溜息をついた。

「ハイネ・・・それは執政官会議で執政官達を納得させなければ、私の一存では何も言えないよ。」
「では、そうします。明日執政官会議を開いて下さい。これは必要な案件ですから。」

 決してコロニー人に逆らわないドーマーは、決してコロニー人に「否」とは言わせないのだ。ケンウッドは日付が変わって数分後にランディ・マーカス元第15代遺伝子管理局長に手を握られて告げられたことを思い出した。

「地球をよろしくお願いします。我々を救って下さい。」

 ローガン・ハイネ・ドーマーは決して無駄な案件を出して来ない。必要だから、地球の将来の為に役に立つから、アイデアを出してきたのだ。
 ケンウッドは頷いた。

「わかった。リプリーにも伝えておく。」