2017年11月4日土曜日

退出者 3 - 7

 マルビナス・クローニング・サービスはドームの維持関係で深い繋がりがあるので、ケンウッドとしても無視出来なかった。この会社が品種改良した野菜の種や苗を購入して維持班の園芸班が食糧生産に励んでいるのだ。そしてドーム内で唯一飼育を許可されている昆虫、マルビナス・ハニービーと呼ばれるミツバチもこの会社から仕入れていた。植物の受粉とドーム内で料理に使われる蜂蜜を作るのに使われるミツバチだ。勿論蜂はドーム内に逃げ出さないようにしっかり管理されている。恐らくポール・レイン・ドーマーもリュック・ニュカネン・ドーマーも野菜育成室に入ったことがないから、ミツバチも見たことがないはずだ。しかも、マルビナス・クローニング・サービスの商品は宇宙のコロニーにも輸出されている。コロニーの人類が生きていくのにも重要な商品を扱う企業だ。
 アメリカ・ドームの副長官が訪問するのは勿論初めてだが、実は長官クラスは何度か来ているので、先方の歓迎態勢は整っていた。リプリー長官とその前のリン長官は来ていなかったので、久々のドーム幹部の訪問に、会社の方でも盛り上がっているのだった。
 ケンウッドはこれだけ歓迎されるとわかっていたらトーラスを後回しにした方が良かったかな、と思ったが、ランチまで出されると、こちらが後で良かったと思い直した。
マルビナス・クローニング・サービスの社長以下幹部役員達10名と若いドーマー2人では話題の釣り合いが取れないが、会食は和やかに済ますことが出来た。
 レインは珍しく隣席のニュカネンからメールを受け取った。

ーー副長官は外交官の素質があると思わないか?

 ニュカネンは声に出して言うのを憚られると思ったのだ。レインは素早く返信した。

ーー今更気が付いたのか?

 ニュカネンがムッとした表情になったが、それきり返信は来なかったので、レインは喧嘩をせずに済んだ。
 流石にお土産は辞退して彼等は大企業を後にした。
 
「地球があるお陰でコロニーの食糧生産が助けられているのだよ。」

と車内でケンウッドが言った。

「早く女性を普通に誕生させられる惑星に戻して、自由に貿易出来るようになって欲しいものだ。マルビナスの様な大企業だけが儲かっているのが、現状だからね。」
「コロニーにも畑があるのですか?」

とレインが運転しながら尋ねた。ケンウッドは頷いた。

「うん、ドームと同じ工場形式の野菜畑や穀類畑がある。だが、地球の大地で風に吹かれてザワザワ揺れる麦の穂や、蝶々が遊ぶキャベツ畑の様な絵になる風景の畑はないよ。私は子供の頃からコロニーの畑を見てつまらないと感じていた。子供用のヴィデオや絵本に出てくる風景は、地球のものなんだ。だからコロニー人の子供達はコロニーの何処かに同じ風景の場所があると信じて成長し、やがて真実を知って失望するんだ。」
「それで博士は地球へ?」

 ケンウッドはちょっと苦笑いした。

「実は、子供時代にアフリカ・ドームとアジア・ドームの春分祭をテレビで見てね、面白そうだと思ったんだよ。アフリカにもアジアにも象がいるだろ? 象を見たくて地球へ行こうと思ったんだ。」
「では、何故、アメリカに?」

 ケンウッドが沈黙したので、レインが振り返った。博士?と呼ばれて、ケンウッドは仕方なくアメリカ・ドームに来た理由を白状した。

「がっかりさせたくなかったのだが・・・私の同期学者は大勢いてね、籤引きでアメリカを引いたのさ。つまらない理由ですまないね。」
「パーシバル博士も?」
「彼も籤でここを当てた。しかし、彼は第一希望だったから、喜んでいたよ。」

 するとニュカネンが口をはさんだ。

「やはりパーシバル博士はローガン・ハイネ目当てですか?」

 ケンウッドは笑った。

「勿論・・・だが、当初彼はハイネに声を掛けられなかった。ハイネが内務捜査班出身だと聞いて、ちょっとびびったんだ。美男子の追っかけを咎められるんじゃないかと心配してね。私が食堂でハイネに初めて声をかけた時、彼は止めようとしたんだよ。ハイネが我々のテーブルに来て、『ご用件は?』と訊いた時には、彼は完全に逃げ腰だったな。」
「へぇ・・・信じられない、今はあんなに局長と仲良しなのに・・・」

 だから、君達も仲良くしたまえ、とケンウッドは心の中で呟いた。