2017年11月24日金曜日

退出者 7 - 8

 翌日の執政官会議での退官式で、キーラ・セドウィック博士は正式に退官した。
送別会に出なかった執政官や研究者達に見送られ、建物から出ると、道路の両側にドーマー達が並んでいた。

ーーキーラ博士、僕等を選んでくれて有難う!

 横断幕に書かれた文字に、キーラは思わず立ち止まった。30才未満の若いドーマー達の多くが、彼女に選ばれ、誕生時に取り上げられたのだ。彼女は彼等が養育棟に居た頃はよく成長の様子を見に行った。一緒に遊んでやって、勉強を見てやることもあった。彼等は彼女の大事な可愛い子供達だ。それでも彼女の胸の奥では罪の意識が存在していた。実の親から盗まれて、彼等は恨んでいないだろうか、と。しかし、今、ドーマー達は涙を浮かべ、彼女に駆け寄り、別れを惜しんでいた。キーラ博士は若いドーマー達にとって母親なのだった。
 キーラが初めて涙をこぼした。泣くまいと思っていたのに、勝手に涙が出てきた。すぐ横にいたアイダ・サヤカ博士がハンカチを出そうとした時、それよりも早くキーラの眼の前に真っ白なハンカチを出した人がいた。キーラが振り向くと、ローガン・ハイネがいた。彼はいつも彼女に見せる無愛想な顔で頷いて見せた。彼女は素直にハンカチを受け取って目尻を押さえた。
 ハイネが腕を差し出した。

「回廊の入口まで。」

 キーラはアイダ博士を振り返った。笑顔で親友に告げた。

「ここからは、ドーマー達と行くわ。貴女はお仕事に戻って下さる? 新しい赤ちゃん達が貴女を待っているわ。」

 アイダ・サヤカは素直に頷き、キーラを抱き締めてから、彼女をハイネの方へ押した。そして回れ右すると執政官達が集まって見送っている場所へ合流するために歩き去った。
 キーラがハイネの腕につかまった。

「東の回廊ね。朝日が綺麗よ、きっと。」

 キーラとハイネが歩き出すと、ドーマー達が付いてきた。次々と話し掛けてくる。彼女は一人一人に返事をした。自らの手で取り上げた子供は全員名前も顔も覚えている。そうでない子供も養育棟で接してそれぞれの個性を覚えている。キーラの手の中のハンカチはしっとりと湿ってきた。ドーマー達の愛情と、ハイネの腕の逞しさが彼女にじっくりと伝わった。
 森のそばの東の回廊の入口に着いた。ハイネが立ち止ったので、ドーマー達も立ち止った。

「私はここまでだ。」

 ハイネは空いている手で彼女の手を腕から外した。

「ヘンリーは良い男だ。だから君も良い女でいなさい。きっと2人で仲良くこれからの人生を歩いていけるはずだ。」
「有難う、局長。」

 キーラ・セドウィックは努めて冷静に言ったつもりだったが、また涙が溢れそうになった。その瞬間、ハイネに抱き締められた。

「元気でな、キーラ・セドウィック博士。」

 彼が小さな小さな声で囁いた。

「元気でな・・・私のキーラ・・・マーサによろしく。」
「パパ・・・」

 彼女は初めて人前で彼をそう呼んだ。

「ずっと元気でいてね、地球人に女の子が生まれる迄、生きていてちょうだい。」

 2人が体を離すと、すぐにエイブラハム・ワッツがそばに来て、腕を差し出した。

「次は私がエスコートしましょう、博士。回廊の途中まで・・・」

 キーラは素直に彼の腕につかまり、空いている手でハイネに手を振った。そして歩き出した。ハイネはドーマー達が彼等に付いて行くのを見送り、その姿が回廊の中に消えて行くと、くるりと向きを変え、日課を片付ける為に遺伝子管理局本部に向かった。
 キーラは回廊の中で15人の老若問わずのドーマー達に交代でエスコートされ、やがて送迎フロアに出ると、そこでケンウッドとヤマザキに付き添われて彼女を待っていたヘンリー・パーシバルと合流した。
 彼女は3人の男達に言った。

「ローガン・ハイネはマーサ・セドウィックを許してくれましたわ。」