2017年11月18日土曜日

退出者 6 - 3

 一昨日と昨日は新生児も死者も数が少なくて日課が午前の早い時間に終わってしまったのだが、その反動の様にその日は死者の数が多かった。中米で海難事故が発生して78名もの貴重な人命が失われたからだ。病死や老衰と違って事故死は遺伝子管理局長がじっくりと報告書に目を通す。だから終了してファイルを閉じたのはランチタイム終了10分前だった。既に昼食と昼休みを終えた第2秘書ネピア・ドーマーが局長室に戻って来て昼の業務を始めていた。
 ハイネが椅子から離れた途端、ネピア・ドーマーの端末に電話が入った。掛けて来たのは北米南部班チーフ、フレデリック・ベイル・ドーマーだった。

「局長室、ネピアだ。」
「北米南部班のベイルです。局長はまだお昼休み中でしょうか?」

 ネピアは執務机の向こうからこちらを見ている局長をチラリと見て答えた。

「局長は今からお昼休みだ。」

 やっと昼休みを取れる局長の邪魔をするなと言うニュアンスを声に込めた。果たしてベイルが「今から?」と驚いた様な声を上げた。時計で時刻を確認したらしく、彼は早口で言った。

「食堂に伝えておきます。いつものお席でよろしいですね?」

 つまり一般食堂のテーブルを確保しておくと言う意味だ。恐らく局長の為にランチを残しておけと厨房班に言うつもりなのだ。ネピアが「頼む」と言うと、ベイルは用件も言わずに「了解」と電話を切った。
 問いかけたそうな局長に、ネピアは第2秘書になってまだ1年経たない人間とは思えぬ口調で言った。

「ベイル・ドーマーがランチを確保するそうです。一般食堂ですから、お間違えのないように。」

 ハイネは一瞬ムッとして彼を睨み付けたが、それでも「有り難う」と言うのは忘れなかった。
 本部を出て、一般食堂に入ると、彼のお気に入りのテーブルでベイル・ドーマーが手を挙げて存在を示した。ハイネは配膳コーナーへ行った。「今月の司厨長」が彼を見て、既に取り分けておいたランチのトレイを差し出した。

「辛うじて1人分かき集めておきました。」

 残り物かい! と思いながらもハイネは「有り難う」と言ってトレイを受け取り、ベイルが待つテーブルに向かった。
 席に着くと、彼は部下を真っ直ぐに見た。

「お気遣い有り難う。さて、何か話があるのかな?」

 ベイルは苦笑した。電話では肝心なことを言い忘れたのだが、却ってゆっくり話が出来そうだ。

「重要案件ではありませんが、少々戸惑いを感じています。うちの第3チームから2名が一度に『通過』の要請を出して来ました。代行を探さなければなりませんので、ジョンソンが困っています。代行を選ぶのは私の役目ですが、1名で足りるのか2名必要なのか迷っているのです。」

 ハイネは料理を口に運びながら、「2名とは?」と尋ねた。1人はワグナーだ。もう1人は誰だ?

「クラウス・フォン・ワグナーとリュック・ニュカネンです。初めにワグナーがジョンソンを通して要請して来ました。ジョンソンが私の部屋でそれを告げている最中にニュカネンは電話で要請して来たのです。」

 ハイネは前日ジムでニュカネンが何か言いたそうだったのを思い出した。あれはこのことだったのか。 ワグナーは「通過」が終わればヘリコプターの操縦免許取得を申請してくるはずだ。ニュカネンはどんな目的があるのか? ケンウッド副長官が言っていた恋愛に関連するのだろうか?
 ハイネは口の中の食べ物を呑み込んでから言った。

「代行は2名。長期を想定して選びなさい。『通過』を甘くみてはいけない。」