2017年11月18日土曜日

退出者 5 - 11

「あれって、思いっきり『地球人保護法違反』ですよね?」

とワグナーが笑いを抑えきれずに声を搾り出した。ケンウッドも笑い出した。

「確かに強引に素手で手を掴まれて引っ張られて行ったな。だがハイネがレイプされたと届け出を出さない限りは、違反にならない。」
「局長は女性に弱いんですね・・・」

 レインがぽつんと呟いた。ケンウッドは彼を振り返った。

「男は大概そう言うものさ。筋力はこっちが強いとわかっているから、女性に腕力を使えない。腕力を行使すれば、それは立派な暴力行為になる。男に暴力を振るっても罪になるが、相手が女性ならばなおさら罪は重い。だからハイネは女性執政官には決して逆らわない。」
「俺達も肝に銘じておきます。」
「局長も普通の男性なんですね!」

 レインとワグナーが笑った。ニュカネンは作り笑いをして、運動を再開した。彼が局長に何を言いたかったのか、ケンウッドは気になったが、仲間がいる場所では打ち明けてくれないだろうと言う予感がしたので、ドーマー達に「じゃぁまたな」と言って、別れた。
 更衣室で着替えをして運動施設から出たところで端末にヤマザキから電話がかかってきた。

「アイダ博士から夕食を一緒にどうかと連絡が来たが、君の都合はどうだ?」

 ケンウッドは少し驚いた。アイダ博士とは数10分前に出会ったばかりだ。

「彼女は私も招待してくれるのか?」
「君にも来て欲しいと言っている。君の返答次第で僕の返事を決めると言ってあるんだ。」
「合コンじゃないよな?」
「セドウィックの送別会の打ち合わせだと言っていた。」

 ああ・・・とケンウッドは呟いた。もうそんな時期なのか。

「わかった。それじゃ行くよ。時間と場所が決まったら教えてくれ。私は研究室の方へ行っているから。」

 キーラ・セドウィック博士は、送別会は必要ないと言っていた。殆どの執政官はひっそりと退官してドームを去るのだ。仲良くなったドーマー達と別れるのが辛くて、仲の良い者だけで別れを惜しんで去って行く。あるいは嫌われたとわかっているので、こっそりと去って行く。キーラは昨年のヘンリー・パーシバルの送別会に来なかった。あの時は出産管理区で難産の女性がいて、離れられなかったのだ。後に送別会がお祭り騒ぎだったと聞いて、「そんな送別会ってある?!」と驚いたのだ。

「私はひっそりと引退しますわ。だって、私は数え切れないほどの地球人の母親から息子を盗み取った悪女ですからね。」

 彼女の言葉に、執政官会議の出席者達は苦笑したのだ。

「でも貴女は同時に数え切れないほどの娘を母親に与えてきたじゃないですか。地球人社会が存続しているのは、貴女がここの仕事に人生の半分を捧げてこられた結果ですよ。」

 リプリー長官を始め、執政官達は彼女の貢献を讃えた。それでもキーラは派手な送別会は必要ないと言ったのだ。

「出産管理区の仲間とささやかに食事会をして、それで勘弁して頂きたいわ。私、人前で泣きたくないので・・・この歳で化粧崩れを見られたら、もう人生お終いだわ。」

 議場内を爆笑の渦で包み、彼女は長官に送別会を諦めさせたのだ。
 アイダ博士が出産管理区スタッフでの送別会に医療区のスタッフを含めて考えるのは当然としても、副長官と遺伝子管理局長も参加させると言い出したのは、つい数日前のことだ。彼女はずっと以前から気が付いていた。きっと初対面の時から気が付いていたのだ。彼女はケンウッドに確認してきた。

「ローガン・ハイネ・ドーマーはキーラ・セドウィックのお父さんですよね?」

 ケンウッドは驚いて尋ねたのだ。

「何故そう思うのだね?」
「思うのではありません。確信です。ローガン・ハイネの振る舞いは明らかに、父親の娘に対する行動です。彼はいつも彼女の我が儘を許し、彼女が彼に対して何をしても怒りません。何か問題があっても彼女を庇っています。彼女を守ろうとしています。あれは単に遺伝子を共有するコロニー人とドーマーの関係と言うものではありません。」

 アイダ・サヤカはマーサ・セドウィックがドームにいた時代を知らない世代だ。だがマーサが当ドームに勤務していたことを、キーラから聞いたことはあるのだろう。だから推理した。そして結論を導き出した。

「ご存じですか、副長官? ハイネ局長は最近やたらとキーラと一緒に居たがりますのよ。彼女の勤務明けに回廊で待っていたり、食堂で同席したり・・・娘を嫁がせると決めた父親そのものですわ。」

 ドーマーが父性に目覚めた・・・ケンウッドは他の執政官に知られないよう、アイダ博士に固く口止めしたのだった。勿論、アイダ博士は秘密を厳守した。出産管理区の人間の口の固さは宇宙一だ。