2017年11月16日木曜日

退出者 5 - 8

 腕の怪我なので走ることは出来る。しかし前夜熱を出したので、無理はしないようにとヤマザキに注意されていた。ケンウッドは走るのではなく散歩を選択した。運動になるようにだらだらではなく、早足で歩いたが、同行するハイネにはゆっくりになるのだろう、ちょっと脚の長さの差を気にしながらケンウッドは歩いた。
 運動施設のトラックを3周すると流石に汗が出た。午後の体力維持も仕事の内なので、周囲ではドーマー達が熱心に体を動かしていた。彼等は運動着姿の副長官と遺伝子管理局長が走らずに歩いているので、不思議そうに振り返ったが、特に話しかけてくる者はいなかった。

 偉いさんが2人並んで歩いている時は、重要な話合いをしているんだ。

 それがドームの中での暗黙の了解だった。
 ケンウッドとハイネが歩きながら話し合っていたのは、遺伝子管理局の外勤局員の安全確保の問題だった。外の人々にとって遺伝子管理局は地球人の結婚も出産も全て管理するお役所だ。申請が却下されると逆恨みするし、出産が無事に終われば感謝される。違法製造されたクローンを逮捕して処分していると誤解もされる。彼等が危険に晒されるのは今に始まったことではないし、外の世界の警察機構の人間の方が余程危険な目に遭う確率が高い。局員は基本的に2人1組で行動するが、幹部クラスになると単独行も増える。

「支局の数を増やせませんか?」

とハイネが尋ねた。

「局員がトラブルに巻き込まれた場合にすぐ手を打てる施設があれば、少しは安心出来るはずです。」

 遺伝子管理局は以前から新規支局設置を提案してきたが、ドームは予算の都合上却下し続けている。ケンウッドの立場から言えば、またその話か、となるのだが、当人がトラブルに巻き込まれて負傷しているので、今回は支局が現場の街にあればなぁ、と思った。

「予算を動かすのは、月の財務部だからなぁ・・・まずはリプリー長官を説得するしかないだろう。」
「長官を説得出来たとして、長官は月を説得出来ますか? 予算の問題はアメリカ以外のドームからも常に出されているはずです。競争相手は多いですよ。」
「支局はいろいろと金がかかる施設だからな。窓口業務で妻帯許可申請を受け付けることから空港から戦闘ヘリを飛ばすところ迄、全て支局が行っている。ドーム本体の維持費も年々増大しているところに、支局開設となると・・・」

 局長を安心させられる返答が出来ないのが歯がゆい。ケンウッドは副長官ではなく長官でなければ月に話を持って行けないのが悔しかった。この際、「チクリ屋リプリー」のお株を取って月へ直訴しようか?
 2人はジムに入った。筋力トレーニングのコーナーに、効力切れ休暇のレイン、ワグナー、それにニュカネンがその順で並んで運動をしているのが見えた。2人は自然にそちらへ足を向けた。