2018年9月19日水曜日

捕獲作戦  2 1 - 1

 ポール・レイン・ドーマーがケンウッド長官の執務室に呼ばれたのは2日後の夜だった。ドーマーが中央研究所に呼び出されるのは、「お勤め」の時ぐらいだが、時刻が遅かったので、レインは別件だろうと思った。長官は「お勤め」を随分長い間担当していないし、多くのドーマーが休む夜に体力勝負の仕事を押し付ける人でもない。それでも中央研究所はドーマーにとって「正規の仕事」を意味する場所だったので、レインは新しいスーツを着て出頭した。
 長官がドーマーを執務室に呼ぶ時はほぼ必ずと言って良い程、ハイネ局長が同席するのだが、その夜は珍しく局長はいなかった。レインは少し戸惑いを覚えつつも、長官の執務机の前に立った。

「お呼びですか?」

 ケンウッドはせっせと書類に何か書き込んでいたが、顔を上げた。

「4Xの捜索は何処まで進んでいる? セイヤーズは本当に協力してくれているのか?」

 遺伝子管理局の仕事に長官が直接口を出して来た。普通なら地球人のことにコロニー人が口出しするなと文句を言うところだが、セイヤーズに関して言えば、これはレインとハイネ局長とケンウッド長官しか知らない秘密だった。(とレインは信じていた。幹部クラスの執政官達が情報をシェアしていることなど、一般のドーマーは知らないのだ。)
 セイヤーズはレインが郵便で送付した端末を家に置きっ放しにして出かけた。GPSの信号が動かないので、レインもその程度のことはわかっていたし、予想もしていた。逃げられたとは思っていない。セイヤーズは昔から規則に縛られるのが嫌いなだけなのだ。

「あの男は、やると言えばやります。絶対に約束は違えません。」
「君が彼を信じるのなら、私も信じよう。」

 夜遅く、そんな話でわざわざ呼び出したのか、とレインが思った時、ケンウッドは本題に入った。

「収容したメーカーたちの遺体の中にラムゼイはいなかったそうだね。」

 渋々レインは認めた。

「ベーリングが襲った時、彼は研究所を留守にしていた様です。逃げられました。」
「しかし、施設は破壊された。当分はあくどい商売は出来ないだろう。」
「そう願いたいですが、あの爺様は、方々に同じ様な施設を持っていました。」

 ケンウッドがやっとまともにレインの目を見た。

「君は、ラムゼイが一番大切にしているものを別の場所に隠していると思うかね?」
「俺には、ラムゼイには誰か強力なバックが付いていると思えます。」

 ケンウッドは驚いた。メーカーに黒幕がいると言う考えに、虚をつかれた思いだった。

「そのバックが彼を匿っていると思うのか?」
「恐らく、何らかの手を貸しているでしょう。」

 レインは、ケンウッドが深刻な顔で悩むのを見物した。大きな組織のメーカーを取り逃がしたことには違いないが、長官は何を懸念しているのだろう。

「レイン、メーカーの遺体のDNA照合はしたのだろうね?」
「全員、しました。死亡者リストに登録済みです。」
「その中に、ドーム内出生未登録者はいたか?」

 地球人は、メーカーが作ったクローンでない限り、ほぼ全員がどこかのドームで生まれている。ドームには地球人全員の遺伝子登録があるのだ。死亡した場合は、そのリストと照合して死亡事実を確認、登録する。

「メーカーたちは全員、ドームで生まれていましたよ。」

 皮肉な事実にレインが少しばかり愉快そうに言った。ケンウッドは笑えなかったが、憂慮は少し和らいだ。彼は、ドーマーに部屋に戻って休むようにと言った。レインは素直に退出したが、長官が何に安堵したのか、微かな疑問を抱いた。