2018年9月20日木曜日

捕獲作戦  2 1 - 2

 アフリカ・ドームの遺伝子管理局長クワク・カササ・ドーマーが、ハイネが送った質問状の返事を送って来た時、ハイネは妻の部屋に居た。アイダ・サヤカは読みたい推理小説があったので、今夜の夫の訪問はちょっと迷惑そうだった。それでも高齢のハイネが疲れた様子でカウチに身を投げ出してテレビを見始めると、なんだか可哀想に思えて読書を諦め、彼の隣に座った。ハイネは、無理に相手をしてくれなくても良いよ、と言う態度で彼女を無視するフリをした。彼女は彼に寄り添い、フサフサの真っ白な髪を撫で、背中に片腕を回して肩に手を掛けた。その時、ハイネの端末にカササの電話が着信した。
 仕事用の電話のメロディだったので、彼女は素早く彼から離れた。
 ハイネが電話に出た。彼が名乗ると、カササが遅い時間に掛けたことを謝罪した。ハイネが呆れた様な声でその謝罪に反論した。

「こちらはまだ宵の口だ。君の方こそ真夜中を通り過ぎているんじゃないか?」
「私はいいんです。昼寝の時間が長いのでね。」

 アフリカの民族は多種多様で生活習慣も異なる。アフリカ・ドームではドーマー達をそれぞれの出自民族の習慣に従って養育するのだ。カササの親は熱帯雨林の多い地区に住んでいた。その民族は人口がそれなりにあったし、大異変の前に宇宙に出て行った富裕層も居たので、女性クローンに不自由しなかった。だから絶滅から免れた。
 カササは肌が黒いが髪は年齢相応に真っ白だ。彼は80歳を過ぎたが、遺伝子管理局長になったのはほんの2年前だ。前任者が長生きしたので、かなり待たされた口で、本人は「5年勤められれば良しとしようかな」などと弱気なコメントを就任の挨拶でしていた。ハイネは、若造が何を言うか、と笑い飛ばして励ました。
 そのカササに、ハイネはセイヤーズ脱走の前に誕生していたと思われる女性達の調査を依頼したのだった。ラムゼイの客は外国人が多く、主に複数の妻を持てる社会の男性達だった。アフリカと中央アジアにその文化が残っていたので、試しに問い合わせてみたのだ。

「メーカーが作ったかも知れない女性の件ですが・・・」

 カササはハイネの依頼内容がまだ信じられなかった。ドーム以外で女性が誕生しているとなれば、これは地球規模の一大事だ。

「現在のところ、当方には成人登録申請をしてきた女性はいません。」
「いない?」
「男のクローンは大勢いますが、女はいません。もしいたら、月に報告していますよ。」

 ケンウッドは一番年長の女性は今年で25歳になるだろうと言った。成人登録しなければ違法出生児達は社会人として活動出来ない筈だ。ラムゼイが作った女性達は、成人に至らずに成長過程途中で死んでしまったのだろうか?
 しかし、カササがこんな意見を述べた。

「女性を作らせた客は富豪なのでしょう? 今の時代、女性のクローンなんて大金を積まねば手に入りません。富豪なら、娘を家の外に出さなくても一生養っていけます。結婚相手も持参金さえ積めば、婚姻許可申請を出さなくても女の親が許せば妻を得られるのです。」
「では、ラムゼイが作った女性がそちらの大陸に居る可能性はあるのだな?」

 カササが頷いた。

「恐らく堅固な要塞みたいな屋敷の奥で大事に育てられているのでしょう。局員達に、探りを入れさせます。」
「期待している。」
「そう仰られても・・・もし発見すれば、こちらの中央研究所で遺伝子検査をしてもらいますから・・・」

 つまり、アフリカで見つかる可能性のある女性の研究は、アフリカ・ドームですると言っているのだ。ハイネは頷いた。アメリカには、セイヤーズがまだいる。
 電話を終えて、ハイネは室内を見回した。彼の大事な女性はキッチンで何か作っていた。チーズの香りが漂ってきて、ハイネはゴクリと喉を鳴らした。アイダが言った。

「お夜食を作りましたから、これを召し上がって貴方のお部屋にお帰りなさい。今夜はお疲れの様だから・・・」
「わかりました。」

 ハイネは殊勝に応えたが、心の中では彼女がそばに来たら捕まえようと思っていた。