2019年1月15日火曜日

対面 2 1 - 10

 アナトリー・ギル博士とジュリアン・ナカイ博士が会議場に呼ばれた。夕方も遅く、食事の時間が迫っていたが、ハイネ局長は辛抱強く執政官達に付き合っていた。
 内務捜査班ビル・フォーリー・ドーマーが議場にいるのを見て、2人は蒼白になった。お咎めなしで済ませられるとでも思っていたのか、とケンウッドは内心呆れた。いかにダリル・セイヤーズ・ドーマーが能天気でも、彼は麻酔剤混入の注射を打たれて眠り込む直前にナースコールを押している。当然、執政官達はドーマーが倒れているのを見て何が起きたのか調査する。そんなことも予想できないのか、と。
 フォーリーが医療区からの報告内容を読み上げて、事実確認をした。ギルは、ナカイを助っ人に呼んだ事実を認めた。「お勤め」の規定違反であることも認めた。その理由は、
「自分の鼻を殴ったセイヤーズが恐かったから」だった。セイヤーズが「お勤め」を果たす迄共に監視するだけの助っ人のつもりだった、と言った。フォーリーが催淫剤に混ぜられた麻酔剤のことを尋ねると、身に覚えがないと断言した。検体採取は規定通りドーマー自身が行うので、監視するだけだったのに、ナカイがセイヤーズを押し倒したので驚いた、と言った。ナカイの「レイプ未遂行為」に自身は無関係だと主張したのだ。
  ジュリアン・ナカイはギルの助っ人に呼ばれたことは認めた。しかし、セイヤーズが催淫剤注射を拒んだので、言うことを聞かせようとしたら、暴れ出したので、仕方なく麻酔注射を打った、と主張した。
 執政官で結成されるドーム倫理委員会はセイヤーズから証言を取っていた。それによると、セイヤーズは暴れたりせず、注射も拒まなかった。普通の催淫剤だと信じて注射を打ってもらった。そして2人の執政官は部屋から出て行こうともせず、ナカイがセイヤーズをベッドに押し倒し、自分がドーマーを抑えているから検体を採取しろとギルを急かした。しかしギルが動かなかったので、ナカイは自分の手でセイヤーズの体を撫で回した。
 倫理委員会がそこまで証言を再生した時、ギルが突然発言した。

「ナカイ博士は素手でドーマーに触れました。下腹部にです。」

 ナカイが真っ青になってギルを睨みつけたが、反論はしなかった。倫理委員が頷いた。

「そのようですね。セイヤーズ・ドーマーも同じことを証言しています。手が彼の下腹部に至ったので、思わずナカイ博士をベッドから蹴り落としたと・・・」

 フォーリー・ドーマーがナカイに声を掛けた。

「何か申し開きをされますか?」

 ナカイはまだギルを睨んでいた。ギルは彼から目を逸らし、セイヤーズの証言が自身の証言と同じ内容であることを頭の中で繰り返し確認していた。

「麻酔剤が催淫剤に混ぜられていたことは間違いありません。」

 フォーリーが断言すると、ナカイがやっと囁く様な声で言った。

「セイヤーズは凶暴だから大人しくさせる為に薬を加えました。レイプする意図はありませんでした。」
「しかし、貴方は彼に素手で触った。」
「・・・はい。」

 フォーリーが倫理委員会のメンバー達を見たので、委員が断定した。

「ナカイ博士は明らかにドーマーに性的悪戯をする意図を持っていたと判断します。」
「地球人保護法違反と認めますか?」
「認めます。」

 ナカイが顔を手で覆った。

「地球人類復活委員会倫理部に告発するのだけは勘弁して下さい。私は破滅してしまいます。お願いします、2度と同じ過ちはいたしませんから。」

 ケンウッドはハイネを見た。ハイネが肩をすくめた。ジュリアン・ナカイが同様の悪戯を過去に犯していた記録はないし、報告も聞かない。初犯かも知れないが、無罪放免とは行かないだろう。
 ケンウッドは議場内を見渡した。執政官の一人が挙手したので、指すと、立ち上がった。彼は名乗り、それからこう言った。

「ドーマーに手を出した者を許すと言うことは、我々執政官全員の信頼を失わせることに他なりません。ナカイ博士には辞職して頂きたい。」

 すると、ハイネが挙手した。ケンウッドはちょっと驚いて、彼を指した。ハイネは座ったままでフォーリー・ドーマーに尋ねた。

「セイヤーズ本人は加害者にどんな処罰を望んでいるか、言いましたか?」

 フォーリーが微かに微笑んだ様にケンウッドには見えた。

「セイヤーズ・ドーマーは、触られただけで傷つけられた訳ではない、自分も相手を蹴飛ばしてしまったので、お相子と言うことで平和に終わらせたいと言いました。」

 ハイネは頷き、立ち上がると議場内のコロニー人達に言った。

「地球人側はジュリアン・ナカイ博士とアナトリー・ギル博士を告発しません。」

 彼が着席すると、ケンウッドは溜め息をついた。ナカイは救われたのだ。しかし、これ以上この南北アメリカ大陸・ドームに彼を置いてはおけない。

「ジュリアン・ナカイ博士、貴方には地球人類復活委員会の規定により、ドーム内の秩序を乱した罪で辞職勧告を与えます。一両日中に地球を去って下さい。また、貴方の過失による辞職となるので、規定により、罰金刑を言い渡します。金額は後で倫理委員会から通知があります。この2項目に従えない場合は、宇宙連邦警察機構に告発します。」
「従います。」

 ナカイはしょんぼりとして答えた。ケンウッドは次にアナトリー・ギルを見た。ギルも神妙な表情で身を硬くして立っていた。

「ギル博士、貴方は『お勤め』に部外者を入れると言う規則違反を行いました。しかし貴方のセイヤーズ・ドーマーに対する心理状態を考慮して、レイプ未遂事件とは無関係と判事ます。貴方には10日間の謹慎を命じます。アパートの自室と研究室以外の場所に立ち入らないように。食事はロボットに運ばせます。10日間はどのドーマーとも接触しないように。」
「従います。」

 ギルがホッと息をついた。