2019年1月10日木曜日

対面 2 1 - 5

 ケンウッドは検査準備室の様子をモニターで眺めていた。音声は聞こえない。だからパーカーとドーマー達がどんな会話を交わしているのか、彼にはわからなかった。ただ、ドーマー達は彼等が逮捕したジェリー・パーカーを虐めようと言う意図はないらしく、パーカーに現在の状況を説明している雰囲気だった。パーカーの方は局員の中に放り込まれたので、緊張していた。ゴメス少佐が彼を置き去りにして部屋から出て行くと、やや喧嘩腰で局員達と喋っていた。しかし喧嘩は相手になってくれる者がいなければ成立しない。パーカーが何かまくし立てた様子だったが、ドーマー達が売られた喧嘩を買わないので、肩透かしを食ったのか、ラムゼイの秘書はそのうち大人しくなった。
 ケンウッドの端末がスケジュールを知らせるアラームを鳴らした。彼は溜め息をつき、希望のドーマーの番号を入力した。氏名が表示された。

 ポール・レイン

 ケンウッドは白衣を掴み、検体採取室に向かった。
 スッタフ用のドアから中に入ると、椅子の上にポール・レイン・ドーマーが所在無げに座って待っていた。入ってきた執政官がケンウッド長官だったので、ちょっと驚き、ちょっと安心したのか、肩の力を抜いた。ケンウッドは白衣を着ながら、彼に声をかけた。

「ジェリー・パーカーは素直に君達の輪に入りそうかね?」

 レインが胡散臭そうに彼を見た。

「パーカーを遺伝子管理局で働かせるおつもりですか?」
「とんでもない。」

 ケンウッドは苦笑した。

「だが彼はこれからこのドームの中で暮らして行かねばならん。孤立したまま残りの生涯を過ごすのは誰だって嫌だろう? せめて普通の仕事仲間の様な扱いをしてやって欲しいのだ。」

 レインは微笑した。このコロニー人は本当にいつも他人の身を気遣ってばかりだ。私欲を抱いたことはないのだろうか。
 ケンウッドは検体採取の前に行う決められた検査を行った。体重、身長、血圧、体温、視力、聴力、内臓透視検査・・・最後に血液を採取しながら尋ねた。

「母御と話をしたか? 家族と一緒に過ごして愉しかったか?」

 レインは「べつに」と答えた。

「セイヤーズはアメリア・ドッティと一緒にお茶をしたのに、俺は婆さんの相手ですよ、不公平です。」

 ケンウッドは、ドーマー以外の何者でもない男を眺めた。そろそろ妻帯させて子孫をどんどん創らせようと思っているドーマーに家庭の味を教えたかったのだが、無駄だったようだ。彼は催淫剤の注射をレインに打って、「終わったらいつもの手順で帰りなさい」と言い残して部屋を出て行った。レインはベッド周辺のエロ本やらアダルトヴィデオのセットを眺めて溜息をついた。せめてゴーン副長官に引き当てて欲しかったな、と思った。
 ジェリー・パーカーを担当したのはクローン製造部のティム・マーランド研究員だった。まだ執政官ではなかったが、クローン製造部のコロニー人男性は彼一人だけで、残りは全員女性だ。パーカーの初めての検体採取なので、抵抗される場合の用心に、男性であるマーランドが任されたのだ。マーランドは数回経験があったので手順は間違えずに行えた。パーカーとは目を合わせないよう努力した。そしてパーカーが従順で素直に彼の指図に従ってくれたので安心した。

「君の子種をこれからも度々採取することになると思う。僕が担当と決まった訳じゃないが、君がこのドームで働くことが正式に決まれば、恐らく僕がいるクローン製造部だ。だから、今日は君が素直に従ってくれて嬉しいよ。」

 パーカーは黙っていた。目を合わせられない男が本心で歓迎しているとは信じられなかった。しかしここで逆らっても何も良いことはないと知っていたので、黙っていた。
 マーランドは催淫剤の注射をパーカーの腕に打つと、その後の手順を説明して、部屋から出て行った。この先はドーマーもパーカーも個々の部屋で一人で作業をする。
 パーカーは深い溜め息をついた。