2019年1月5日土曜日

新生活 2 3 - 4

 どうにも後味の悪い事件だったが、アレクサンドル・キエフ・ドーマーは記憶を消されてドーム外の国立精神病院に引き取られることになった。ケンウッドが直接ハロルド・フラネリー大統領に相談を持ちかけると二つ返事で引き受けてもらえたのだ。
 勿論、それがタダだと思う程ケンウッドもお人好しではない。ハロルド・フラネリー大統領は母親がドーマーとして生きている次男に会いたがっていることを知っている。アーシュラ・R・L・フラネリーがダリル・セイヤーズ・ドーマーと交わした約束を知ってか知らずか、兎に角ハロルドはドームに恩を売った。よもや引き受けた病人が弟のストーカーをしていた厄介者だとは夢にも思わぬだろうが。
 ケンウッドは記憶削除の手続きの為に月の地球人類復活委員会に今回の事件の報告と、専門医の派遣を要請した。

「要するに、ドーマー同士のイザコザなのね?」

とベルトリッチ委員長が通信画面の中で尋ねた。コロニー人と地球人の間での問題でなかったことを確認したのだ。ケンウッドは認めた。

「その通りです。当該ドーマーは精神病の因子を持っていませんが、特定の物や人間に固執する性格です。それが嵩じてストーカーになり、偏愛する相手の周囲の人に危害を加えようとしました。このままドームの内に置いても、他のドーマー達が承知しません。」
「維持班の班長会議で追放を決めたのですね?」
「そうです。そして患者本人の為にも、記憶を消して楽にしてやりたいと考えています。」
「更生の余地なし?」
「ありません。ターナー総代もハイネ局長も彼をドームに残すことを考えていません。」
「わかったわ。」

 ベルトリッチは残念そうな顔をした。彼女は西ユーラシア・ドームで勤務した経歴を持っている。しかしキエフはシベリア分室で生まれ育ったので、彼女と面識がなかった。

「脳神経の専門家を派遣します。人員が決まれば連絡します。早い方が良いわよね?」
「はい。現状のままで幽閉しておくのは、キエフ・ドーマーにとっても苦痛でしょうから。」

 ベルトリッチは画面の中で彼女の端末を操作して、何かの指図を出したようだ。ケンウッドは画面を眺めたまま2分待たされた。やがて委員長が顔を上げた。

「ところで、セイヤーズの女の子を作る能力の分析は進んでいる?」
「8割方は分析が済みました。」
「セイヤーズは西ユーラシア所属のままだったかしら? それともアメリカに帰属した?」

 ケンウッドが触れて欲しくないことをベルトリッチがズバリと突いてきた。