2019年1月6日日曜日

対面 2 1 - 3

 お茶の時間が終わると、ハイネは業務に戻る為に遺伝子管理局本部に戻り、パーシバルは次のドームへ向かう為に宇宙港へ、ヤマザキは彼を見送りに送迎フロアに行ってから医療区へと向かった。ケンウッドも仕事に戻る為に中央研究所に歩いて行った。途中、ふと中央研究所の食堂に立ち寄った。食べるのではなく、ガラス壁の向こうを見たかった。午後も遅く夕食前なので出産管理区の食堂は閑散としていたが、端っこの方で女性の集団がいた。人数は30人ほど、全員お腹が大きい。到着したばかりの妊婦の集団だ。出産管理区長のアイダ・サヤカ博士が説明会を行っているところだった。
 アイダはローガン・ハイネを刺したセシリア元ドーマーの出産を担当した、とハイネ自身が言った。あの事件当時、ハイネとアイダはまだ結婚どころか交際もしていなかった。アイダは一生叶う筈はないドーマーへの恋をずっと抑圧していたし、ハイネも同じだった。ハイネが刺されたことは彼女も知っていた。事件発生時はセシリアも被害者として出産管理区で手術を受け入院したのだ。真相を知った時のアイダはどんな気持ちだったろう、とケンウッドは思った。そして出産の為に戻って来たセシリアをどんな表情で迎えたのだろう。ケンウッドは事件当時彼女の恋を知らなかった。だからセシリアを追放すると決めた時、セシリアが出産で戻って来る時は宜しく頼むと、アイダに言ってしまった。
 アイダは感情を抑えてセシリアを担当したのだ。それともハイネがセシリアを許した様に、彼女も許したのか。
 ケンウッドはガラスの向こうの強い女性達を眺め、それから執務室へ向かった。
 夕食迄の時間を書類仕事で過ごしていると、ハイネからメールが転送されて来た。生みの親と対面したレインが報告書を送って来たのだ。ケンウッドが気にしているだろうと、ハイネが珍しく気を利かせてくれた。早速開いて読んでみた。
 ポール・レイン・ドーマーはフラネリー家との対面の後、トーラス野生動物保護団体の理事長モスコヴィッツにも会っていた。モスコヴィッツに関する捜査を詳細に報告書に書いたが、フラネリー家に関しては簡潔に「メーカーとは無関係」と書いたに過ぎなかった。
 ケンウッドは肩透かしを喰らった気分だった。ハイネがセイヤーズの報告書も追加で送って来たので、それも開いて読んだ。大統領がドームでの女子誕生の研究の進行具合を尋ねたとだけ書いていただけだった。
 ドーマーは親との心理的関係が希薄だ。ケンウッドはそれを実感した。ハイネがあっさりと面会を許可したのも同様だ。レインが親との面会に感情を動かされるとは露にも思っていない。
 溜め息をついた時、今度はハイネから電話が掛かってきた。

「ケンウッド・・・」
「ハイネです。レインと北米南部班第1チームが明日の予定を指示してくれと言ってきました。2日の予定の外出が今日1日で終わったので時間が余ったのです。」
「私にどうしろと・・・」

 ケンウッドは遺伝子管理局の業務に指示を出す立場にいない。執政官がドーマーに指示を出すのは・・・

「君は、彼等に『お勤め』をさせろと言っているのかね?」

 するとハイネは意外なことを言った。

「ジェリー・パーカーをここに馴染ませる良い機会ではないかと思いまして。」
「パーカーを?」

 随分奇抜なアイデアだが、ハイネは複数のドーマーとパーカーを混ぜて検体採取をさせよと提案しているのだ。これからパーカーは遺伝子のサンプルを何度も採取されるだろう。環境に馴染ませるには、同じ体験をしている仲間がいると教えてやることが重要だ。
それにパーカーとドーマーの比較も出来る。それなら・・・

「セイヤーズも加えて良いかな?」
「どうぞ。」
「では、彼等に指図メールを送ってくれないか。明日の午前10時に集合だ。」
「承知しました。」

 ハイネとの通話を終えて、ケンウッドはジェリー・パーカーが素直に新しい環境に馴染んでくれるだろうかと不安を感じた。