2019年1月2日水曜日

新生活 2 3 - 1

 想定外の事件が起きることは珍しくない。事件とは想定外の出来事なのだから。
 その日は死亡者の数が多くて、ハイネは日課に時間を普段より長くかけてしまった。打ち合わせに間に合いそうにないなぁと思いながら最後の支局から送られてきたデータをファイル移動させている最中に、秘書のコンピュータに緊急通信が入った。ネピア・ドーマーが素早く出た。局長が多忙な時に、緊急信号を耳に入れさせたくなかったのだ。

「局長執務室、ネピア・・・」
「保安課のゴメスだ。」

 コロニー人の元軍人の声が聞こえて、画面に逞しい男の顔が現れた。

「ハイネ局長は在室か?」
「ご在室ですが?」

 ネピアは嫌な予感がした。保安課が局長を指名で電話をかけて来たと言うことは、遺伝子管理局職員が問題を起こしたと言うことだ。ゴメスはネピアに質問する暇を与えずに言った。

「図書館で発砲があった。遺伝子管理局の者が関与しているとの情報がある。」
「情報? 確認は取れていないのですか?」
「俺の部下が、銃撃された。銃撃したのは局員だったと証言している。」

 馬鹿な、とネピアは呟いた。遺伝子管理局の職員はドーム内では銃の携行は許されていない。訓練施設で使用するだけだ。

「銃撃された保安課員は無事なのですか?」
「怪我はない。だが護衛していた少女と銃撃犯が書架の奥にいて、犯人を取り押さえられない。」
「少女・・・」

 ネピア・ドーマーはJJ・ベーリングと会ったことはないが、報告は読んでいたので、護衛されて図書館に行った少女が彼女だとわかった。

「犯人の名前はわかりますか?」
「まだだ。監視カメラの顔認証が手間取っている。犯人が髭面なので・・・」

 髭面のドーマーはほとんどいない。男世界なので、無用な争いが起きないよう、地球人類復活委員会はドーマーのホルモン調整を行っており、男性ホルモンより女性ホルモンを多く分泌させる薬剤を若年の頃より与えて育てる。男の闘争本能を抑えるのだ。だからドーマー達は髭が薄く頭髪がフサフサだ。しかし偶に例外がいる。
 ネピア・ドーマーは発砲事件を起こした犯人と思われるドーマーに見当がついた。

「恐らく、北米南部班の衛星データ分析官アレクサンドル・キエフ・ドーマーと思われます。」

 ネピアはこの様な職員が起こした問題を一々局長に報告しない。少なくとも途中経過の段階で報告して局長の貴重な時間を使わせたりしない。局長第一秘書は独断で指図出来るのだ。彼は保安課長に言った。

「騒動が大きくなる前に、被害が出ないうちに、キエフを捕獲して下さい。手段は問いません。」

 その時、画面の中のゴメスが顔を横へ向けた。そしてすぐにネピアに向き直った。

「犯人の上司が駆けつけた様だ。では一旦切るぞ。」

 通信が途絶えた。ネピアが溜め息をつくと、第二秘書のアナトリー・キンスキーが小声で囁いた。

「局長が睨んでおられます。」

 ネピアは慌てて顔をボスの机の方へ向けた。ハイネが仕事の手を止めて彼を見つめていた。ネピアは渋々保安課からの情報を報告した。ハイネは無表情でその報告を受けてから、確認した。

「レインが現場に到着したのだな?」
「その様です。」
「では・・・」

 ハイネは再び仕事に戻った。

「決着が着いたら教えてくれないか。俺が騒いでどうかなると言う問題でもあるまい。」