2019年1月23日水曜日

暗雲 2 1 - 3

  200年前、人類が宇宙空間に移住を開始して間もない頃、ヨーロッパアルプスで3人の古代ローマ時代の人間と思われる氷浸けの死体が発見された。成人男女と男の赤ん坊の遺体で、夫婦とその息子と思われた。山越えをしようとして、事故か遭難で氷河の中で眠ることになってしまったのだ。氷の圧力で成人2人はかなりダメージを受けていたが、赤ん坊は母親に抱きしめられていた為に、まるで生きている様に見えた。アイスベビーと呼ばれることになった赤ん坊は両親と共に火星にある人類博物館に永久保存されることになった。当時、地球では天災が頻発して、貴重な文化財や資料は火星に持ち出されていたのだ。アイスベビーは透明度の高い氷に包まれ、展示室で静かに余生を送っていた。
 しかし、50年前、宇宙船の事故で息子を失い、常軌を逸した遺伝子学者サタジット・ラムジーがこのアイスベビーを盗もうとした。幸い彼が逃げ込んだアメリカ・ドーム内でアイスベビーは確保されたのだが、体細胞の一部が損傷していたのだ。逃亡したラムジーが細胞を盗んだに違いないと、当時は大きな騒動となった。

 勿論、地球人には知らされなかった。ドーマー達を除いて・・・

  ローガン・ハイネは、ラムジーが火星からアイスベビーそのものを盗んだと言った。宇宙連邦警察もそう認識していた。アメリカ・ドームで回収された一部損傷した赤ん坊の遺体は、実はレプリカだったのだ。本物の赤ん坊はどこを探しても見つからなかった。だから宇宙連邦警察と火星人類博物館は世間に大嘘をついた。赤ん坊は回収された、と。そしてレプリカの赤ん坊を氷漬けにして、さも本物のように今日迄展示を続けているのだ。だが本物は火星で盗まれた直後に、ラムジーの手で蘇生させられ、地球へ運ばれた。生きた赤ん坊として。ラムジーによって大切に養育され、今は壮年の男になっている。
 現在のジェリー・パーカーを見て、誰が博物館の赤ん坊だと思うだろうか?

「ジェリー・パーカーがアイスベビーから生まれたのであれば、彼は、人類のオリジナルの遺伝子を持っていることになるのではないか?」
「そう思います。ラムジーは記録の中で、彼を『オリジン』と呼んでいます。」
「『オリジン』には・・・」
「すみません、彼にはジェリー・パーカーと言う名前があります。」
「失礼。パーカーには、子供がいるのですか?」
「ラムジーは彼の子供を数人創っています。クローン5体と、コロニー人女性の卵子との体外受精児3人です。ただ、かなりの高額で複数の富豪に売却されているので、その子供達との接触は不可能です。親達のガードが堅いのです。わかっているのは、性別で、クローンは全員男、体外受精児は男1人、女2人です。」

おおお! と会場内にどよめきが上がった。
誰かが新たな質問をした。

「クローンの女性との子供はいないのですね?」
「記録にありませんでした。」

そして、ケンウッド長官は話題の方向を再びゲノムの方へ戻した。

「JJにクローンとコロニー人の判別をする基準を尋ねました。すると、彼女はクローンには印が付いていると言いました。」
「印? そんなものをドームでは付けているのですか?」
「決してそんなことはしていません。」
「では・・・」

 ケンウッド長官は会場を見回した。

「皆さん、どうも我々は200年前、一番最初にとんでもないミスをしてしまったようです。クローン製造の手順に誤りがあった。それを誰も気が付かなかったのです。気が付いたのは、サタジット・ラムジー1人だけでした。
 初期の女性が生まれなかった原因は環境汚染だった。しかし、その後の原因は、我々のミスだったのです。」