2019年1月13日日曜日

対面 2 1 - 8

 ケンウッドは3次元画面に現れた西ユーラシア・ドーム長官カール・シュミットに挨拶をした後、ちょっと躊躇った。

「シュミット長官、非常に言いにくいことなんだが、我々は西ユーラシア・ドームに報告しなければならないことがあるんだ。」
「なんだね、君らしくもない固い表情なんかして・・・」

 シュミット長官はケンウッドより2つ年上だが、長官歴はまだ5年目だった。大学時代はよくスポーツクラブで顔を合わせた古い知り合いだ。仲良しと言うほどではなかったが、互いに性格は知っていた。
 ケンウッドは深呼吸してから告白した。

「実は、2ヶ月ほど前、18年前に逃亡したダリル・セイヤーズ・ドーマーを発見してドームに連れ戻したんだ。」
「なんだって! 元気だったのか?」
「うん。少し大気汚染の影響を受けているが、一般の地球人よりはまだ若々しい。本当は連れ戻した時にそちらへ報告するべきだったが・・・」
「ああ、構わないよ、急ぐ用事なんかないから。」

 シュミットは生真面目そうな表情の男だが、根はかなり呑気者だ。だがそれに甘えてはならない。ケンウッドはもっと重要なことを伝えねばならなかった。

「驚かないで欲しいのだが・・・セイヤーズはメーカーと接触があった。自分と他人の遺伝子を使ってクローンの子供を作らせていた。」

 流石にシュミットが眉を顰めた。

「ドーマーがメーカーに子供を作らせたのかね?」
「うん。彼自身と恋人の子供が欲しかったそうだ。」
「恋人?」
「男性だ。こちらのドーマーの一人で、セイヤーズとは彼がそちらへ転属になる以前からの関係だ。同じ部屋兄弟で・・・」
「待ってくれ、ニコラス。」

とシュミットが名前でケンウッドを呼んだ。

「男と男の遺伝子で子供を作ったのか?」
「メーカーがね・・・サタジット・ラムジーだ。」
「なんと! あの『死体クローン事件』の中心人物がメーカーになっていたのか?」
「ラムゼイと名前を変えて中西部に潜伏していた。しかし、金持ち相手の高級クローン製造者として闇の世界では有名だったのだ。」
「ラムジーなら同性間の子供も作れただろうよ。」

 シュミットが汚らわしいものを言葉にしたと言う顔をした。治療以外の目的の遺伝子組み替えや違法な遺伝子操作は地球人類復活委員会では厳禁なのだ。
 ケンウッドは続けた。

「ラムジーはクローン製造の代金の代わりにセイヤーズに遺伝子の提供を求めた。そしてセイヤーズの子供を作って金持ち連中に販売した。女の子もいるんだ。」

 シュミットが画面の中で睨みつけた。

「冗談は止せよ、ニコラス。」
「本当の話なんだ、カール。 ラムジーはセイヤーズの進化型1級遺伝子S1が女性を生める遺伝子であることを発見していた。」
「進化型1級遺伝子S1・・・」

 シュミットの目が一瞬泳いだ。

「S1とは・・・危険値S1だな?」
「そうだよ、他にあるかね?」
「うちのミヒャエル・マリノフスキー・ドーマーは危険値S15だ。そちらのローガン・ハイネ・ドーマーはS5だな?」

 S15は無害と言う意味だ。S5はドーム内留め置き、つまり決して外に出してはならない、と言うランクだ。暴走すると社会を混乱させる能力を持っている。しかし、S1は最高ランクの危険値で、軍隊管理が必要となる。生きる兵器になりうるからだ。

「ニコラス」

とシュミットが呼びかけてきた。

「本来なら西ユーラシア所属のセイヤーズを返せと言うべきだが、当方はS1を管理する自信がない。宇宙軍の介入は回避したい。我々は地球人とこれまで平和に上手くやってきた。ここでドーマー一人に引っ掻き回されたくない。」
「カール・・・」
「私はセイヤーズをよく知らない。はっきり言えば、全く面識がない。彼を知っている執政官は、穏やかな性格の陽気な可愛いドーマーだったと言うがね。」
「今でもそうだよ。セイヤーズは大人しいし、我々に協力的だ。」
「彼はアメリカ生まれだからな。そちらで一生面倒を見てやってくれないか?」

 ケンウッドは、内心「しめた!」と思ったが、顔に出さなかった。

「良いのかね? 女の子を生めるドーマーだぞ? 女性誕生の鍵を君達が解けるかも知れないのだ。」
「その栄誉は譲るよ。S1はコンピューターの侵入などお手の物だ。こちらで混乱を起こされては困る。」

 ケンウッドは相手が危険値S1の恐ろしさを理解していて良かった、と思った。