2019年1月22日火曜日

暗雲 2 1 - 1

 ケンウッドはいつにも増して多忙だった。月の地球人類復活委員会の研究発表会に提出する南北アメリカ大陸・ドームの研究資料を整理していた。執政官達は興奮していた。ケンウッドがJJ・ベーリングと共に比較したコロニー人、コロニーで製造されたクローン、地球人、地球で製造されたクローンのDNAから女子誕生の重大な手がかりが見つかったのだ。ケンウッドはその手がかりが何を起因としているのか、それを突き止めた。他の誰でもない、ニコラス・ケンウッド博士が発見したのだ。
 ケンウッドはそれをアメリカ・ドームの共同研究の成果として発表すると言った。執政官達はニコラス・ケンウッドの名前を歴史に残せば良いではないですか、と言ってくれたが、ケンウッドは彼一人の力で見つけたのではないことを十分承知していた。

「この発見は、JJの協力がなければ成し得なかった。そして何よりも、貴方方執政官とドーマー達の200年に渡る努力の結果なのです。」

 女性が生まれなかった原因を突き止めたからと言って、すぐ女性が生まれる訳ではない。解決策を見つけなければならなかった。だから、発表するのだ。アメリカ・ドームよりも大勢の科学者達の協力を仰ぐために。

 ニコラス・ケンウッドと言う男は本当に無欲で研究一筋の人間だな。

 執政官達は彼を改めて尊敬した。
 ドーム内の治安維持の為に、この「発見」はドーマー達には知らされなかった。ただ2名、遺伝子管理局長ローガン・ハイネとドーム維持班総代表ジョアン・ターナーだけがこの研究の成果を教えられた。
 ターナーはピンとこなかったようだ。

「女の子が生まれない原因がわかった訳ですよね? 女の子が生まれる解決策が見つかったんじゃなくて?」
「そうなんだ。だから、みんなに秘密にしておくのだ。期待を抱かせて頓挫しては元も子もないからね。」

 ハイネは静かに聞いていた。普段の彼同様にぼーっとした目で宙を眺めていた。ケンウッドは彼の名前を呼んでみた。同じ説明をする手間が惜しかった。ハイネが視線を彼に向けた。そして微笑んで見せた。まだ祝福するのは早いが、目でお祝いを言ったのだった。